小川 正明さん
精神科は患者と医師の信頼関係が深まっていないと治療が成り立ちません
有田本日は吹田市内で障害者医療・福祉に携わっておられる3名のみなさんにお越しいただきました。まず最初に小川医師から「さわらび診療所」の概要についてご説明願いたいのですが。
さわらび診療所は精神科と神経科の専門医院
小川 「さわらび診療所」は、1988年に精神科と神経科の専門医院としてスタートしました。事業内容としては、診療やデイケア、グループホームですね。精神科に特化した医院というのは、当時としては珍しかったのです。現在2人の医師で毎日90人から100人の患者さんを診察しています。1日100人の患者受け入れが限界ですね。診療所の仕事以外にも、総合福祉会館で公的な仕事もこなしていますが、正直、体力の限界を感じますね。
有田それだけ精神を病む人が増えてきているということですね。精神障害者、そしてその家族にとって、安心してかかれる病院が少ない、というのが大きな問題だと聞きます。
小川精神科の診療圏はかなり広くなります。患者と医師の信頼関係が深まっていないと治療が成り立ちません。
有田それは障害者に共通する悩みでもありますね。「安心して診てもらえる病院が、身近にあればいいな」という親御さんの声をよく耳にします。
吹田の生保受給者だけでも
精神科長期入院者が80名も
さわらび診療所は精神科・神経科の専門医院小川障害者医療を充実させてほしいという強い要望、願いがあって、吹田に「あいほうぷ」が誕生しました。しかし「あいほうぷ」も医療機関ではない。運動が実って素晴らしい施設ができたものの、あそこは通所施設です。一番問題を抱えておられるのは、長期にわたって精神科に入院されている方々でしょう。一度市役所で調べてもらったら、吹田市内の生活保護受給者だけで約80名もの長期入院者がおられる。親も高齢化していくでしょうし、この先どうしたらいいのか、と不安極まりない状況でしょうね。
有田障害者自立支援法が施行されてから、事態は大きく変化しました。障害者を取り巻く実際の姿と、厚生労働省が机の上で考えた数字との大きな隔たり。国が福祉を「自己責任」「予算がない」と切り捨ててくる中で、地方自治体の果たすべき役割は大事です。その点、平形さんはここ吹田で長年、作業所を運営されておられますが。
平形 恒雄さん
吹田には精神障害者保健福祉手帳が1,000人。制度の利用者はわずか2〜3割程度
平形もう20年以上前から精神障害者の作業所を運営しています。当時は精神障害者のための作業所ってほとんどありませんでした。時代が平成になり、精神障害者の存在が社会問題になり、補助金が認められてからは作業所を市内に5か所、グループホームを1か所、そして生活支援センターを開設しました。4年前に法人の設立が認可され、「のぞみ福祉会」として運営しています。
有田生活支援センターというのは何をするところですか?
平形相談活動が中心です。精神障害者に対する福祉制度や施設はまだまだ不十分なので、「こういう場合、あなたはこの制度を利用できます」などとアドバイスしながら、相談の中で精神的に支えていくのです。本人からも家族からも多くの相談を受けますね。最近目立つのは、家族の相談で「自分も年をとった。もうすぐ息子や娘の面倒を見ることができなくなる。このままくたばってしまっていいのだろうか」という悲痛な声です。
しかし通所施設まで足を運んだり、相談の電話をかけてきたりする家族はまだいいのです。問題なのはまったく外へ出ない人たち。吹田には精神障害者保健福祉手帳を受けた人は約1000人以上おられるのですが、私たちの施設を含め、何らかの社会的な制度を利用しておられるのは2〜3割。つまり「精神障害者である」と認定は受けているが、何の制度も利用されていない方の家族が圧倒的に多いのです。自宅にこもっておられる障害者が、気軽に安心して利用できる施設と、差別や偏見のない地域社会作りが必要です。
有田「障害者が安心してくらせる社会をつくろう」と吹田では長年、障害者福祉を充実させる運動をしてきましたが、実態はまだまだ。鈴木さんはそうした運動の草分け的存在ですが。
「障害者が安心して暮らせる社会」づくりが必要
現在のストレス社会で
精神障害者が増えている
有田 八郎さん
障害者の医療と福祉であるべきなのに、吹田は特に医療面が貧困だなと感じます
小川現在のストレス社会の影響でしょうか、精神障害者の総数は間違いなく増えています。典型は「自殺者の増加」。日本は今や年間3万人以上が自殺する異常な国になりました。自殺される方の大半は、うつ病かそれに近い症状を示しておられます。
鈴木そんな現代社会において何が必要か?私は精神障害者が安心して住める街にならなければ、障害者問題は解決しないと思うのです。精神障害者に対して、まだまだ偏見や差別が存在する。例えば「精神障害者が盲腸になったとき、手術してくれる病院がなかなかない」のです。病院スタッフが「うちでは受け入れられません」と断る場合がある。
小川私の患者さんで10年以上付き合いのある方が、実は痔なんです。最初、市民病院の外科で手術を依頼した時、警戒されてなかなか手術の受け入れが進まない。私が外科の先生、看護婦長と会って、何とか入院にこぎつけました。いざ入院したら何の問題も起こらない。手術後「いい患者さんです」(笑)との反応が。こうした精神障害者に対する差別・偏見は厳然と残っていると感じますね。
鈴木障害者にとって医療の問題は深刻です。さつき作業所に通所する仲間のうちほぼ9割がいまだに小児科で診察を受けています。子どもの頃診てもらったかかりつけ医を、親が追いかけて、京都や滋賀県まで診察を受けに行く方も。
有田障害者の願いを中心にすえた医療と福祉であるべきなのに、吹田の場合、特に医療面が貧困だなと感じます。本来なら公的な場所、つまり市民病院か「あいほうぷ」がそのセンターになるべきと考えますが、今の吹田市は「予算がない」と、なかなか動きませんね。
「予算がないから」と社会福祉を削って良いのだろうか…
障害者の緊急診察を
市民病院は代行すべき
市内4カ所、280名が通うさつき障害者作業所鈴木障害者にとっては命に関わる問題ですが、「金がないから切り捨てる」では、「殺人行為」ではないですか?
さつき福祉会では民間のK病院に夜の緊急診察をお願いして来ましたが、K病院も採算が合わないのか、障害者の緊急診察を行わなくなりました。こんな時市民病院が代行してくれれば助かるのですが…。市は障害者福祉計画を持っているはずなのに、そこで議論されているのは予算と費用対効果、つまり数字だけで、実際のニーズに応えているとは言い難いですね。
有田吹田市は現状を把握していないのでは?例えば市のホームヘルパーたちが事例集を作った。家の中に閉じ込もっている障害者に粘り強く訪問して、ケアや関係機関につなぐ対応をすすめた実践記録なんです。ところが吹田市は市のヘルパーを削減しようとしています。「予算がないから」と。つまり行政が障害者の実態をつかむ努力をするどころか、ヘルパーという大事な仕事を切り捨てようとしているのです。
平形今の行政は予算で切っていく。精神障害者の福祉を向上させようと思えば、確かにある程度のお金はかかります。しかし市が警戒するほどのお金が必要でしょうか?精神障害者にとって大切なことは「人と人との関係を取り戻すこと」です。精神病になって本人はもちろん、家族全体が社会から孤立していく。そんな時少しだけ行政から手を差し伸べてあげれば、仲間と一緒に人生を取り戻すことができるのです。例えば将棋の好きな人が地域でお年寄りと一緒に楽しめる場所があれば…。精神障害者は、自分のことを卑下して考えがちです。ちょっとした趣味でも声かけでもいい。人と人とのつながりを復活させるための、きっかけや場所作りを行政が行ってもそれほど予算は使わないはずです。
この程度の予算は不要不急のハコモノ作りをやめれば十分捻出できると思いますが。
障害者の働く場所はまだまだ不足
阪神大震災の教訓、肢体不自由者はトイレ使えず
鈴木 英夫さん
中途障害者、知的・身体障害者などの通所施設の定員が足らないというのが実態
鈴木私たちは阪神大震災の教訓を学ばねばなりません。あの時障害者はどうなったか?肢体不自由者は避難所でトイレが使えず大変な目にあった。精神障害者は大勢の避難者でごった返す小学校の体育館に行けなかった。それで、つぶれかけた家で暮らしていたのです。今、吹田の地域を見回してみて、障害者が安心して避難できる場所はあるのでしょうか?
有田そんなことを含め、普段から障害者の運動団体と行政がもっとじっくり話し合うべきなのです。「障害者の医療と福祉を進める会」が昨年に2回ほど市長に面談を申し込んだけれど、市長は会ってくれなかったとか。
鈴木 今年になってやっと会ってもらえました。榎原市長時代は「何でも言うてや。その代わり出来ないことは出来ないと言うで」という対応だった。岸田市長はこまめに障害者の作業所を訪問して話を聞いてくれた。今は?…訪問して来られても、プレゼントを渡してゆっくり話も聞かずにサヨナラ(笑)。じっくり腰を落ち着けて話し合うことがほとんどなくなりました。
有田障害者福祉計画の説明会でも、最初から吹田市当局は「出来ることは限られてますよ」と、言い切ります。予算上困難な中であっても、ちゃんと話を聞いて、何とかひねり出せる方策はないか、市民ニーズに応えるために汗をかこう、と考えるのが「市民本位の行政」だと思うのですが。
小川予算の話ではなく、現実のニーズ、障害者の生存権の問題なのです。紫金山公園の整備に何億円もの予算を組むことが本当に必要なのでしょうか?
有田紫金山公園だけではないですよ。吹田市は操車場跡地開発に総事業費で1000億、地下鉄延伸に500億円の開発しようとしています。東部拠点の基盤整備だけで30億円の税金を使うのですから、財政を圧迫します。これで福祉は守れるのか、と不安の声が出るのも当然です。
鈴木そんな中で障害者運動は確実に変化してきました。今までは障害者を抱える親たちの運動が本流でしたが、今や事業所自らが立ち上がっています。
障害者「自立支援」法という名前の「自立阻害」法が施行され、施設そのものの運営が立ち行かなくなってきたのです。
頼りになる市町村こそ現場の声を聞いて
「自立支援」法の施行で
バラバラの団体が一致団結
小川「自立支援」法の施行で、唯一良かったことは、それまでバラバラに障害者支援をしていた団体が、「これはたまらん」(笑)と一致団結できたことです。今の法律では、障害者と施設の負担が増えるので、せっかく社会参加できていた障害者が、また家に逆戻りせざるを得ない悪法だと思います。
有田国や府が弱者切捨て政治を強要してくる中で、障害者の生活を守るという吹田市の役割は、本来は大きくならざるを得ません。最後に吹田市に対して「これだけは」という願いがあればどうぞ。
鈴木3年間もショートステイを渡り歩いている仲間がいます。他の施設がどうしても受け入れてくれないから「あいほうぷ」を中心に3年間も根無し草の生活。吹田市はこのようなケースが現実に存在することを認識し、何らかの対策を立ててほしいと思います。この方が安心して入所できる施設があれば、あとに続く方とその家族の安心にもつながりますから。
小川吹田市には「もっと長期的なビジョンを持ってほしい」と思います。障害者福祉計画では47人の精神障害者を病院から地域に連れ戻す、となっていますが、現実に地域にその受け皿がありますか?厚生労働省から割り振られた数字だけで計画を立てていませんか?われわれ現場の声をもっと取り入れた、本当に血の通った障害者福祉計画に作り変えるべきだと思います。
平形榎坂病院で、精神障害者のニーズ調査が行われました。彼らの不安は「退院したら日常生活が出来るのか?」というもの。誰に相談すればいいのか、という不安ですね。そんな状態で47人を地域に戻すことが可能ですか?地域で人間らしく生活できるような基盤を作らないで、ただやみくもに47名を戻すというのは、罪作りだと思います。精神障害者は心の優しい方が多いので、本当に地域に受け皿があれば、お年寄りの話し相手になったり、車椅子を押すボランティアをしたり、そんな人と人とのふれあいの場を地域で作ることなしには、計画は絵に描いた餅だと思います。
有田そうですね。国や府の予算が削減される中、本来頼りになるのは住民と一番距離の近い市町村のはずです。せめて現場の声をよく聞いて福祉や医療の整備計画を考えるべきなのに、肝心の市民の声があまり反映されずに計画だけが独り歩きしているのは悲しいことです。住民の要望を取り入れるという、原点に帰った市政運営が求められていると思います。本日は長時間ありがとうございました。