SUITA市民しんぶんVol.3(2006)
2004年11月、アメリカの空襲で家を奪われたファルージャの子どもたち
ようやくサマワから陸上自衛隊が撤退しました。しかし航空自衛隊はアメリカ軍の支援を続けていますし、アメリカ軍はバグダッドその他の都市をいまだに空爆し、多くの罪なき人々を殺害しています。5月から6月にかけて来日し、イラクの現実を各地で訴えたイラク人ジャーナリスト、イサーム・ラシードさんにお話を伺いました。
岩根 今回のゲストは、現在来日中のイラク人ジャーナリスト、イサーム・ラシードさんです。イサームさんはバグダッド生まれのバグダッド育ち。2003年3月から4月にかけて引き起こされたアメリカによるイラク戦争をきっかけにジャーナリストに転身された、と聞いていますが。
イサーム
そうです。イラク戦争までは普通の電気技師でした。あの戦争で町が壊され、たくさんの人々が殺されていきました。私はアメリカの戦争犯罪を多くの人々に伝えたかったので、電気ドリルをビデオカメラに持ち替えたのです。
岩根 日本ではイラク戦争に関する報道がめっきり減って、イラクの状況が伝わってきません。今のイラクの実態に関して、一番訴えたいことは何ですか?
イサーム 全ての面で最悪です。電気は1日に1〜2時間しか来ませんし、蛇口をひねっても、きれいな水は出てきません。これはアメリカが発電所や浄水場を空爆で壊してしまったからです。フセイン政権時代より、物価は5倍程度、石油などは10倍に値上がりしています。イラクはこれから暑い夏を迎えます。7月には気温が50度以上になるのですが、電気も水もない中で、人々は非常に苦しい生活を余儀なくされています。
一番困っているのは「治安がまったく無い」状態です。最近の特徴は、医師や大学教授、高校の先生などが狙われ、殺されているということです。
岩根 なぜ医師や教授が?
イサーム アメリカはこの戦争でイラクの主要都市を空爆し、様々な爆弾、例えば劣化ウラン弾やクラスター爆弾などを使用しました。手足を吹き飛ばされたり、劣化ウランでがんに侵された患者を、一番に診察するのが医師です。例えばアメリカはファルージャという街を空爆し、多くの市民を殺しました。何人殺されたか、どのようにして死んでいったのか、こうしたことを一番よく知っているのは医師です。
岩根 医師は「戦争被害の第一の証人」なので、口封じのために殺されるということですか?
イサーム そうです。アメリカは自分たちの犯した罪がばれてしまうのを極度に恐れています。私の仕事はジャーナリストですが、カメラを持ってファルージャに入ろうとすると、アメリカ兵たちは私を捕まえてフィルムを没収します。同じ理由で、医師も命を狙われてしまうのです。今のイラク政府はアメリカ軍の言いなりなので、政府軍や警察、あるいは民兵組織が医師を殺していきました。だから多くの医師はイラクを脱出し、隣国のヨルダンやシリアに逃げてしまいました。病院には薬や医療器具はおろか、専門医師さえいない状態です。
アメリカ兵の銃撃戦で殺された赤ちゃん、生後11ヵ月だった
岩根 大学教授や高校教師が狙われるのはなぜですか?
イサーム アメリカ占領軍とイラク政府は、著名な人物を暗殺することによってイラクを混乱させたいのです。暗殺の実働部隊はアメリカが背後から支援する民兵組織です。彼らは主にスンニ派住民を暗殺して、バグダッドの人々を恐怖に陥れています。
岩根 今のイラクは「スンニ派とシーア派、イラク人同士の内戦状態になった」とも言われていますが。
イサーム それがアメリカの狙いです。スンニ派とシーア派の戦いになれば、アメリカ軍は相対的に安全になります。アメリカの占領が始まる前まで、私たちは自分がスンニ派であるかシーア派であるか、意識すらしませんでした。夫がスンニ派で妻がシーア派(その逆もある)という家族はざらにいます。私たちはイラク人なのです。逆に日本のみなさんに聞きたいのですが、「あなたがたはイラク戦争が起こる前、イラクにシーア派とスンニ派がいることを知っていましたか?」
岩根 言われてみれば知りませんでしたね。この戦争が泥沼化する中で、マスコミが「宗派間の争い」を強調するような報道が続いたのが大きいと思います。アメリカにとっては、意図的に内戦をあおって、イラク人を分断するほうが支配しやすいでしょうね。
イサーム 私もアフガン戦争が起こるまでは、パシュトゥン人やタジク人、ハザラ人の存在を知りませんでした。メディアが「民族・宗教紛争」をあおるのです。権力者はメディアを使って戦争の真の目的、例えば「アメリカは石油の利権を求めて侵略した」というようなことを覆い隠そうとするのだと思います。
岩根 メディアの報道で言いますと、イサームさんの映像は大変すばらしく、イラク人がどれほど残酷にアメリカの空爆で殺されていったのか、ということが良くわかります。しかし日本のテレビや新聞では「イラクに新政府ができた」とか「選挙が行われた」などのニュースが主で、イラクが安定しているかのような報道が多いのですが。
イサーム 日本だけでなく、アメリカやヨーロッパのメディアも、ブッシュ大統領のコメントばかりを流し、現実のバグダッドの様子は流れません。例えば「選挙で新政府ができた」と報道されますが、あの選挙は、アメリカ占領軍のコントロールの下に行われているのです。
岩根 具体的にはどのような?
イサーム 私はジャーナリストですから「投票所を取材させてほしい」とアメリカ軍に要望します。でも取材許可が下りたのはほんの数箇所だけ。イラク全土に何万という投票所があるのに、ほんの3〜5箇所程度の投票所でしか取材できないのです。BBCやCNNなど大手メディアも、そこしか取材できない。あの頃各地の投票所で自爆テロや銃撃戦があったのですが、そんな所は取材許可が下りない。さらにアメリカは全ての投票箱を集め、秘密裏に得票数を数えました。選挙中、イランから来たトラックの中にシーア派政党への投票用紙が満載されているのが発見されたりしました。アメリカのブッシュ大統領は「選挙は成功した」とテレビで発表しましたが、実際は不正があったのは確実だし、だれもそれを摘発できない状態なのです。
岩根 選挙でさえその状態ですから、日常のアメリカの犯罪などは全くといっていいほど報道されないのでしょうね?
イサーム そのとおりです。例えば、アメリカ兵が検問所でイラク人を銃殺したとします。アメリカ兵は急いで道路を掃除し、死体を片付けて何事もなかったように振舞います。その様子をジャーナリストがカメラに収めようとすると、そのジャーナリストも捕まってしまいます。
岩根 イサームさん自身もかなり危ない目に会われたでしょう?
イサーム ええ。私はアメリカ軍に3回捕まり、牢屋に入れられました。1回目はまさに、アメリカの犯罪を撮影していたときです。自爆テロがあったので、スコットランドの友人と一緒に現地へ急行。イラク人が射殺された様子を撮影したのですが、運悪くアメリカ兵に見つかってしまいました。スコットランドの友人は拷問を受けなかったのですが、私はイラク人なので殴る蹴るの拷問を受けました。2回目はモスクでお祈りをしていた時です。アメリカ軍がモスクに侵入しようとしました。モスクで祈っている人々はアメリカ兵をモスクから追い出そうとしたのです。なぜならモスクは神聖な場所。異教徒であるアメリカ兵は入れないのです。アメリカ兵とイラク人が押し合いをしている間に、アメリカ兵は撃ってきました。イラク人3人が死亡し9人が負傷しました。私はモスクの中から隠し撮りしていたのですが、運悪く見つかってしまい、牢屋に入れられました。タバコの火を押し付けられたり、殴る蹴るの拷問が待っていました。3回目は自宅です。アメリカ兵が突然乱入し、自宅のパソコンや私の映像を押収。「お前はジャーナリストだ」と刑務所へ。17日間も牢屋に入れられました。
岩根 まさに命がけの取材ですね。「戦争で一番最初に犠牲になるのは真実である」とよく言われますが、アメリカは真実を伝えられるのが一番いやなのでしょう。何の罪もない子どもたちや女性、老人たちが殺され傷ついているとのことですが、日本に対して今一番求めたい援助は何ですか?
イサーム 今回の来日で多くの人々から温かい募金をいただきました。しかし大事なのは「1回だけで終わってはダメ」ということです。ぜひ継続的な支援をお願いしたいと思います。お預かりした募金は薬や医療機器にしてイラクに持って帰りたいと考えています。
岩根 日本政府は自衛隊をイラクに派兵しています。人道支援という名目で軍隊を派兵したわけですが、自衛隊はイラクの人々の役に立っているのでしょうか?
クラスター爆弾の不発弾で、左手、左足を失ったアリーくん(4歳)
イサーム 迷彩服を着た人々が銃を構え、戦車に乗ってやってきているのです。人道支援のためにイラクに来るのであれば、銃も戦車も必要ありません。日本の自衛隊は、アメリカの戦争に協力するためにやってきたのだと思います。実際、今の自衛隊はサマワでほとんど何の活動もしていません。水も電気もない中で、サマワの人々は「自衛隊は水も電気も作らない」と抗議デモをしています。私たちはトヨタやソニーなど、日本の企業に来てほしい。自衛隊はすぐにでも撤退し、軍隊ではなく平和な人道支援に切り替えてほしいと思っています。
岩根 日本には平和憲法があり、その中の第9条は「2度と侵略戦争をしない。軍隊を持たない」と宣言しています。それなのに政府は自衛隊をイラクに派兵したのです。さらに今の政府は、この9条を変えて、日本を再び「戦争する国」に変えてしまおうと企んでいます。
イサーム 私は日本の憲法9条を知っています。「戦争をしない」と宣言することは大変すばらしいことなので、9条を変えてはダメです。9条を変えて「戦争のできる国」にしたいと思っている人々や政治家たちは、ぜひ私の映像を見てください。アメリカが行っているこの戦争は、大変汚いものです。「あなたがたはこのような人殺しに協力するのですか」と聞きたい。憲法9条は日本の人々のものであって、政治家のものではありません。
岩根 憲法9条を守るために幅広い人たちが力を合わせ、先日「すいた九条の会」が結成されました。そこで語られたことは「9条を守るだけでなく、9条の精神を世界へ輸出し、平和を守る先頭に立ちたい」ということでした。実際今のイラクが安定して、日本の平和憲法のようなものがイラクでも作られればいいなと思います。
イサーム 昨年、私は沖縄の辺野古へ行きました。アメリカ軍のヘリ基地が予定されているきれいな海に、カヌーで漕ぎ出して、座り込みに参加しました。基地建設に反対する多くの日本人と会いました。彼らは「この基地からイラクへ米兵が飛び立っていく。ごめんなさい」と私に謝りました。私はアメリカや日本の政府には怒りを感じますが、日本人は素晴らしいと思っています。日本の土地は日本人のものです。アメリカはあの優しい沖縄の人々に、基地を返してあげるべきです。
岩根 沖縄はじめ、日本各地で米軍基地建設反対の運動がわきおこっています。しかしアメリカは「米軍基地再編」の名の下に、さらに基地を強化しようとしており、その移転費用3兆円を日本に負担させようとしているのです。これについてはどう思いますか?
イサーム なぜ、日本のみなさんは黙っているのですか?立ち上がって闘うべきだと思います。日本人3人がイラクで拘束されたとき、日本政府は「自己責任」と言い、「人質救出に税金を使うのはもったいない」という世論だったと思います。ではこの3兆円はどうですか? アメリカが戦争しやすくなるために基地を移転する。そのために3兆円も税金を使うのでしょ?ぜひ日本政府に働きかけて、「アメリカに協力するな」「基地は要らない」という運動を広げてください。
岩根 そうですね、今回のイサームさんの来日で、私たちは大変貴重な映像をいただきました。戦争の実態をリアルに伝えるこのような映像を各地で上映して、「戦争反対」という世論を作っていくことが、私たちの義務だと思います。
最後に日本のみなさんへ何かメッセージはありますか?
イサーム イラク人は日本人を尊敬しています。あなた方は広島、長崎で原爆を落とされても、くじけずに日本を素晴らしい国に発展させました。私たちも「共通の敵」アメリカに空爆され、国土を破壊されました。私はアメリカ政府を憎んでいますが、アメリカ人、日本人は大好きです。あなた方は教養が高くて平和を愛する人々です。どうか日本政府に働きかけて、自衛隊を撤退させてください。そしてアメリカ占領軍を撤退させましょう。アメリカ軍がいなくなれば、イラクは安定し、復興します。私はイラクと日本を結ぶ「平和の橋」のような存在になりたいと思っています。ドウモアリガトウゴザイマシタ。
「おおさか市民基金」を立ち上げイラクの子ども支援へ
大阪市内で、「イラクの子どもを支援するおおさか市民基金」が結成されました。この基金は、(1)劣化ウラン弾による戦争被害を受けたイラクの子どもを支援すること、(2)非人道兵器の廃止をもとめ、被害の実態を広く伝えること、(3)日本がこうした戦争に協力することに反対し、平和をもとめる世論を広げること、を掲げています。
募金のあて先郵便振替 口座番号
口座番号 00960−9−318008
口座名称 イラクの子どもを支援するおおさか市民基金
住所 〒530-0041 大阪市北区天神橋1-13-15 グリーン会館3F
電話 : 06(6192)7033 FAX : 06(6942)7865