泥沼化するイラク戦争。日本は「テロとの戦い」を大義名分に、いまだに航空自衛隊がアメリカの戦争に協力しています。そんなイラクから一人のジャーナリスト、ハッサン・アボッド氏が来日していました。米軍、テロリスト双方から命を狙われながらも、現場からイラク戦争を告発している彼は「戦争をしない、武器を持たないという憲法9条こそ、イラクに必要」というメッセージを残して、戦火のイラクへ帰国しました。
ハッサン・アボットさん
イラクに石油があるから
戦争が始まった
米軍は「その日の気分」で
イラク人を撃ってきます
前田 本日は現在来日中のイラク人ジャーナリスト、ハッサンさんを囲んで、平和座談会を企画しました。ハッサンさん、まずフルネームからお伺いしたいのですが?
ハッサン ハッサン・アリー・ハッサン・アボッドといいます。
前田 イラクの方の名前って長いですね。
ハッサン 自分の父親、祖父、曽祖父の名前を連ねていくので長くなります。アラブでは「ムハンマド」という名前が一番多いのですが、中には「ムハンマド・ムハンマド・ムハンマド」さんもいます(笑)。
四度目の訪日。留学時、日本の古典芸能を学んでいたが、戦争が起きて…
前田 今回で来日は何回目ですか?
ハッサン 4度目です。2003年イラク戦争が始まった年、私は岐阜大学の留学生でした。日本の古典芸能、能を学んでいたのです。シェイクスピアは世阿弥に触発されて物語を書いているんですよ。そんな素晴らしい日本文学を勉強しているときに、イラク戦争が始まったのです。私は気が気ではなく、家族のことが心配でした。
それで、修士号を取った後、イラクに帰ってジャーナリストとして、戦争被害を告発しています。
山地 戦争展でイラクの写真を見たり、DVD「イラク〜戦場からの告発」を鑑賞して、あまりの悲惨さに声が出ませんでした。劣化ウラン弾でがんになった子どもや、アメリカ兵に背中を撃たれ、下半身不随になった子どもの姿を見て、ショックを受けました。今日はハッサンさんからイラクの現状を聞かせてもらおうと思ってやってきました。
ハッサン イラクの現状は一言では言い表わせません。無実の人々が理由なく殺されています。自爆テロに巻き込まれたり、アメリカが空爆したり、ただ通りを歩いていただけでアメリカ兵に銃殺された人もいます。
山地 えっ、道を歩いていただけで撃ち殺されるのですか?
ハッサン アメリカ兵は「射撃訓練のように」撃ってくる場合があるのです。あるいは「その日の気分」で撃つ場合も。アメリカ政府がバグダッドで行っていることは、いわば「イラク人掃討作戦」です。とりわけ普通の市民が殺されるのです。
山地 なぜアメリカはそんなひどいことを?
ハッサン みなさんご存知のように、「イラクに石油があるから」です。イラク石油の掘削のコストは安く、油質も良い。埋蔵量はサウジアラビアについで世界第2位ともいわれているのです。だからアメリカはこの石油利権を押さえるためには何でもやります。米兵はイラク人を殺すことにためらいません。イラク人は「アメリカ出ていけ!」と抵抗するので、余計に殺される確率が高まります。デモ隊にまで発砲するのですよ。
別所 イラクの悲惨な現状がテレビなどで流れると、見ているのがつらいので、チャンネルを変えたくなります。さっきアメリカ兵は「人を殺すのをためらわない」とおっしゃいましたね。何でやろ?一人殺してしまえば、人間が変わってしまうのでしょうか?アメリカ兵も人間のはず。戦争が人を狂わせてしまうのでしょうか?
ハッサン アメリカ人が上で、イラク人は下層だと思っているようです。私たちは人間だ!イラク人にも人権がある!と叫んでも、米兵はそのイラク人を敵だと思っているので、容赦なく撃ってくるのです。
日本からの義援金でイラクへ食料を届けました(バグダッド)
米兵は、かつての日本兵と同じ、日本軍も他国の住民を虐殺、虐待
別所 菜未さん
「人を殺すのをためらわないって?」。米軍も人間のはず!戦争が人を狂わすのでしょうか?
前田 戦前の日本軍と似てますね。中国や韓国で、日本軍は時に地元住民を虐殺、虐待し、人権を蹂躙していたと言われています。「日本人が上で、中国人は下層」という意識があったからでしょうね。しかしあれから62年も経過しています。民主主義や人権意識が高まっているはずなのに、現実にまだそんな差別意識が米軍の中にあるのでしょうか?
ハッサン アメリカがマスコミをうまく使っているからです。9・11テロ事件で恐怖をあおり、「イラク人の中にはテロリストが多い」「イスラム教は怖い」といったイメージを振りまきました。ブッシュ大統領が「テロとの戦い」と言い出し、アメリカは正義でイラクやアフガンは悪だという図式を作りました。だから米兵は「アメリカは正義だ」と思い込んでいるのです。
例えばアメリカがロケット砲を打ち込んで家族全員を殺したとします。アメリカは「その家はテロリストの拠点だった」とテレビで発表します。しかし真実は一般市民の家だった。家族全員で食事している途中だったのです。そんな「事件」が多発しています。
前田 アメリカの空爆、誤爆も恐ろしいのですが、「自爆テロ」も頻発していますね。日本では「自爆テロで50人死亡」などと犠牲者の数字しか報道されなくなりました。実際のところ、なぜそんなに自爆テロが増えたのですか?
テロリストは周辺国からの外国人。自爆テロに麻薬を使用し洗脳も
ハッサン アルカイダなどのテロリストは、周辺国からやってくるのです。ほとんどがイラク人ではありません。サウジアラビア、エジプト、シリア、そしてイランなどから送り込まれてきます。先日私の故郷ヒッラの市場で自爆テロがあり、多くの女性や子どもが殺されましたが、犯人はサウジからやって来た青年でした。サウジはスンニ派の国で、シーア派をたくさん殺せば天国にいけると洗脳されて、そして麻薬を使って気持ちを高めてテロを行ったようです。サウジはお金持ちの国なので、ビンラディンはじめ、テロリストにもお金が流れていくようです。
私の友達にイラクの警察官がいます。ある日検問で青年テロリストを捕まえました。腰のベルトに爆弾を巻きつけ、自爆テロ寸前に捕まえたのです。ひと晩刑務所に入れて翌日尋問したら、その青年は「ここはどこだ?俺は何をしていた?」と言うのです。「彼は麻薬を使っていた」と警官は言います。テロリストを養成し、洗脳し、薬を使ってでも自爆に走らせる組織があるのです。
米兵も極度の緊張状態だ (バグダッド) (C)西谷文和
前田 そんな悲惨なイラクの現状を打開するためには、何が必要なのでしょうか?
ハッサン 第一に米軍が撤退することです。今やイラク人のほぼ100%が米軍を憎んでいます。米軍が占領する限り、抵抗運動は続くので、戦争は終わりません。第二に、「独立した公平な選挙」をすることです。今までの選挙は米軍の管理下で行われており、アメリカ言いなりの指導者しか政権についていません。国民が本当に選んだ政府ではないのです。第三に病院を建てたり、薬や医療器具の整備など、人道支援が必要です。
前田 イラク戦争から4年が経ちました。日本の場合終戦が1945年ですから、4年後の49年当時は、かなり復興が進んでいたと思います。しかしイラクの場合は、ますます泥沼にはまっています。何で日本のようにならないのかな、と疑問に思っていましたが、今の話を伺っていて、イラクの現状や原因が分かりました。
ハッサン 今年、私は長崎の原水爆禁止世界大会に出席して、多くの日本人が平和を求めて奮闘されている姿に感激しました。とりわけ、武力には武力、やられたらやり返す、ということではなく、「戦争は絶対にダメ、武器も軍隊も持たない」という憲法9条の素晴らしさを痛感しました。
山地 私も長崎の世界大会に参加しました。そこで言われていたのは、核兵器を廃絶するためには、これまで以上の大きな平和運動が必要だということです。私はイラク戦争の悲惨さを一人でも多くの人に伝えることで、平和憲法の値打ちを伝えたいと思いました。
吹田市職労は、イラク戦争に反対し、平和を求め、400人のピースロードを…
前田 博史さん
一刻も早くイラクから自衛隊を撤退して外交努力、話し合いで戦争を終わらせたい
前田 吹田市の職員で作る労働組合でも、平和運動に力を入れています。今年も長崎の原水爆禁止世界大会にたくさん参加しましたし、4年前はイラク派兵に反対する「ピースロードIN SUITA」を市内の労働組合や団体、市民のみなさんとともに行いました。「イラク戦争反対」「ブッシュは空爆するな」などスローガンを書いたポスターを持って、JR吹田駅北口から阪急吹田駅までの産業道路の沿道を、400人の参加者で埋め尽くしました。最近では吹田の各地や職場に「九条の会」が結成されています。11月13日には、メイシアター中ホールで「9条は日本の宝!吹田のつどい」が開催されますので、積極的に参加していきたいと考えています。
戦前、私たちの先輩である職員は、赤紙を配ったという苦い経験があります。赤紙を手渡すとき、その家族に「おめでとうございます」と言ったそうです。家族は赤紙を見て心の中では泣いているのに、顔では笑って受け取ったという歴史。そんなことを繰り返さないためにも、今まで以上に平和運動に力を入れて行きたいと考えています。
ハッサン 日本では政府が憲法を変えて、アメリカと一緒に戦争ができる国にしようとしているようですが、人々がそれに抵抗して、憲法9条を守ろうという運動を繰り広げている。イラクでは、武力に対して武力で応酬することではなくて、日本の憲法9条の精神で「暴力の連鎖」「憎しみの連鎖」を止めることが大事。イラク人の多くはテロリストとレジスタンスを区別して考えています。アメリカの不当な空爆や銃撃に抵抗するのが、レジスタンス。一般市民を巻き添えにして自爆するのがテロリスト。イラク人は米軍とともにテロリストも追い出そうとしています。その際、武力で抵抗する「武装レジスタンス」ではなく、抗議デモや新聞の発行、ストライキなど「平和レジスタンス」で抵抗することが大事です。
前田 仕返しでは解決にならない。イラクに派兵された米兵の中にはPTSD、つまりイラク戦争の経験を引きずって、トラウマに襲われてノイローゼになっている人が多いと聞きます。それと女性を蹂躙しているというニュースもありました。
ハッサン 米兵が女性をレイプしていることも大きな社会問題です。アブグレイブ刑務所はじめイラク各地の刑務所では、米兵による女性への暴行が問題になっています。普通の家庭を襲って少女をレイプし、その後殺した事件が発覚して、米軍の大きなスキャンダルとして報道もされましたね。
前田 日本では従軍慰安婦問題があり、安倍前首相は「軍による強制はなかった」などと発言し、世界から批判されました。久間元防衛大臣は、「原爆はしょうがなかった」と発言しました。安倍さんや久間さんは、戦争の悲惨な実像をできるだけ隠して、風化させて、新たなアメリカの戦争に協力できる態勢を作りたいから、そんな発言が飛び出すのかもしれません。私たちは逆に、風化させてはならない。戦争の悲惨さを次の世代に伝えていかねばなりませんね。
山地 保育士の仕事をしていますから、よく子どもたちが喧嘩する場面に立ち会うのです。言葉で伝えることが難しくて、時には噛み付いたりする子もいます。そんな時、「相手はどう思う?」暴力ではなくて、口で言えば、相手もわかってくれるんと違う?などと解決の方法を考えさせるようにしています。子どもたちが仲直りできるのに、なぜ政府は暴力や戦争で解決しようとするのでしょうか?
米軍の空爆で破壊されたビルに避難民が住み着いている (バグダッド) (C)西谷文和
別所 イラクではアラビア語、アメリカは英語で言葉は違うけれど、話し合いで解決しなければいつまでも戦争が続きますよね。私は世界の言葉がそれぞれ違うのは、相手のことを興味持たせるために、それぞれが違う言葉を喋っているのではないかと考えたりします。つまり言葉を覚えたり、違う言葉で話したりすることは難しいけれど、それを克服して通じ合えたときの喜びは大きいじゃないですか。それぞれの国の指導者がもっと話し合ってほしいですね。
山地 佑佳さん
イラク戦争の悲惨さを多くの人に伝えることで平和憲法の値打ちを伝えたい
前田 日本は戦後62年、武力によって他国の国民を傷つけたり、また、日本の国民も傷つけられることはなかった。これは、憲法9条があったからこそ。一刻も早くイラクから自衛隊は撤退して、外交努力、つまり話し合いで戦争を終わらせる国であり続けてほしいですね。
日本での経験をイラクの新聞に!。来年には平和と復興の宣言を
ハッサン 私はもうすぐイラクへ帰ります。日本で経験したことを、イラクで発行されているアラビア語の新聞に記事として書くつもりです。特に憲法9条のことを書きたいです。来年5月には「憲法9条世界会議」が大阪と東京で開催されます。その時再来日する予定ですので、イラクでの平和活動を強めて、再来日したときには、「アメリカ軍を撤退させた」「イラクは平和と復興に向かっている」と報告できればどんなに素晴らしいかと思います。
一同 イラクは危険ですからくれぐれも気をつけてください。来年5月に再会できることを願っております。