西谷本日のゲストは雨宮処凛さんと吉岡力さんです。雨宮さんの経歴を見ていますと、「女性作家でエッセイスト、そして元右翼の活動家でミュージシャン」とあります。ずいぶん色んな顔を持つ人だなぁ(笑)と感じますが、まず自己紹介を。
雨宮 処凛さん (あまみや かりん) |
1975年、北海道生まれ。幼少期からイジメを受け、10代はリストカットと家出、ヴィジュアル系バンド追っかけなどの毎日。00年、自伝「生き地獄天国」を出版し、作家デビュー。現在は新自由主義の中、不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題での著書多数。 |
吉岡 力さん (よしおか つとむ) |
松下プラズマディスプレイ偽装請負事件訴訟原告。大阪労働局に松下の偽装請負を告発後、同社に直接雇用されたもののテントに隔離されるなどの人権侵害を受け、不当解雇された。期限の定めのない形での雇用を求め、裁判・運動の両方の面で奮闘している。 |
西谷 文和さん (にしたに ふみかず) |
1960年、京都市生まれ。1985年より吹田市役所に勤務。海外への一人旅を趣味とし、カンボジア、南アフリカ、コソボ、アフガンなど、戦争の爪あとを取材。2004年、吹田市役所を退職し、現在はフリージャーナリストで「イラクの子どもを救う会」の代表。戦争の実態をTVや新聞で訴え続けている。 |
雨宮私は1975年生まれの32歳ですので、いわゆる「団塊ジュニア」です。1993年に高校を卒業した頃は、バブル崩壊後で超就職氷河期。正社員になれず、フリーターでした。学校を卒業して2年目、95年に阪神大震災、そしてオウム事件が起こります。オウム真理教に走った人は、高学歴の方も多くて、当時からすでに「戦後教育のひずみだ」「物質主義、拝金主義の世の中に対する、若者の反発だ」などと言われたんですね。実は私は中学校、高校でいじめを受け、そんな状況でも「頑張れば報われるんだ」と受験競争の渦中にいたんです。フリーターになってからオウム事件を見て、「教育に裏切られた」と感じました。
95年は戦後50周年でもあったので、テレビや新聞でも戦争特集が組まれていました。私は「戦争とは何なのか」を知りたかったので、まず左翼の集会に行きました。
右翼活動に飛び込む
左翼の集会は高卒フリーターの私にとって「全く理解できなかった」のです。用語も難しいし(笑)。
その後、右翼の集会に行きました。するとこちらは非常に分かりやすい。「日本がダメになったのは、戦後アメリカの民主主義のためだ」と。当時はフリーターで「君、明日から来なくていいよ」などと切り捨てられる毎日。定職につけない私は、「だらしない」と言われたりしていたので、「生きづらかった」のです。その時に、「全てアメリカが悪いんだ!」と言われ、何かスッとした気分になりました。結局この団体には2年いて、「何か違う」と感じて辞めましたが、こうした経験を元に、フリーターや自殺願望の人を取材し、25歳で本を出版したのです。
それから10年。私の周りでは、すでに10数人が「生きづらい」と、リストカットやオーバードーズ(睡眠薬などの大量服用)で自殺しています。自殺した人の環境を見ますと、ほとんどが就職していない。社会に入る前に、はじかれているのです。
では逆に正社員になることができれば幸せか、といえばそうでもない。私の弟は電器量販店で働いていましたが、すぐに管理職に祭り上げられ責任が重くなり、毎日18時間労働。ご飯を食べるひまもなく、一日一食で働いたので、がりがりにやせてしまい、「死ぬのではないか」と感じました。今の日本は、「正社員になれば過労死、非正規雇用ならば将来はネットカフェ難民」というとんでもない社会になりつつあります。私はその現実を見て、この社会を変えようと訴えているのです。
西谷本当に今の日本は格差が広がって、特に若者たちは就職ができない、希望が持てない社会になりつつあるようです。もう一人のゲスト、吉岡さんも、実は非正規雇用。松下プラズマという大企業相手に裁判を闘っておられます。
吉岡私は「派遣社員」として、松下プラズマで働いていました。私の派遣会社はクリスタルといって、2006年に今話題のグッドウイルに買収されたところです。今の法律では1年以上派遣されて働けば、親会社(この場合は松下プラズマ)はその社員を正社員として雇用しなければなりません。しかし松下とクリスタルは「請負」契約を交わし、「派遣ではない」ように偽装していたのです。いわゆる「偽装請負」です。
そんな時、会社が一方的に「君はクリスタルの社員だから、時給はクリスタルの相場になる」と賃下げしてきたのです。納得いかないので労働相談に行きました。そこで初めて「偽装請負」という言葉を知りました。
西谷2つの会社がグルになって不正をしている、と気がついたわけですね。でも巨大な会社を相手に裁判するのは勇気がいるでしょ?
吉岡でも泣き寝入りしたら、私のような労働者は救われないし、過労自殺した人の例もある。同じ偽装請負の仲間は「どうせ俺の将来はホームレスや」と嘆いたのを思い出して、「ここは起ちあがらなければ」と思ったのです。
偽装請負を告発してから、会社は見せしめのような嫌がらせを始めました。さんざんいじめられた後、一方的に首を切られたので裁判に訴えました。
西谷私も3年前に吹田市役所を退職して、今はフリージャーナリストです。フリーと言うと格好がいいのですが、日本語にすると「無職」(笑)。公務員として働きながら有給休暇でイラクに行っていたのですが、2004年の自己責任論に巻き込まれまして、与党のみなさんから「地方公務員のくせにイラクに行くとは何事」的な風当たりを受けて、辞めました。無職になって感じるのは、国保、年金が高いですね。確かに「生きづらさ」を感じます。
西谷貧困と格差の問題は、今の日本で、特に若者たちの間で大きな問題になってきているというのが、よく分かりました。実は世界で最も貧困と格差を生じさせているのは、戦争だと思います。私はイラク戦争を取材して、イラク人と米兵の間で「命の値段が違う」と感じてきました。では07年10月に撮影したイラクの最新映像をご覧ください。
雨宮(映像を見ながら)これは自爆テロですね。子どもがたくさん犠牲になっていますね。
西谷アメリカが「テロとの戦い」を進めた結果、イラク人の中に憎しみが高まって余計にテロが増えているのです。この自爆テロで4人が殺され20人が傷ついています。テロを仕掛けたのはアルカイダです。「友人の友人がアルカイダだ」といった政治家がいましたね。この悲惨な実態を見てみろ、と言いたいですよ。彼は「俺は顔が広い」と自慢したかったのかもしれませんが、そんな政治家が新テロ特措法を議論し、イラクやアフガンでの「戦争協力」を決めていく。国会議員はもっと戦争の実体を知るべきだと思います。
雨宮民間人を巻き込む戦争の悲惨さに加えて、戦争が民営化されているのですってね。
西谷米英軍をリタイアした軍人が、民間軍事会社を作るんです。イラクではたくさんの米兵が殺されるので、米兵は基地にこもりがちです。重要な空港や油田、パイプラインなどは、今や民間軍事会社が守っている。傭兵たちは貧しい国からリクルートされて来ている場合が多い。南ア、ネパール、ペルー、フィジーなど。「イラクで戦争したら金になるぞ」と、「派遣」される。松下プラズマとクリスタルの戦争版。これはブッシュ政権にとってとても都合が良い。殺されてもネパール人、フィジー人ですから。これ以上米兵が死ぬと、アメリカ全土で反戦運動が起こり、ブッシュ政権がふっ飛びかねない。また正規軍の米兵を派兵するよりは、傭兵の方が安上がりです。今や戦争は国と国がやるもの、ではなく、企業が国の代わりに請け負っているもの、になりつつあります。
雨宮結局戦争も金儲けの手段ですね。正規軍の米兵も貧困家庭の若者が多いと聞きました。戦争が長引くと、兵隊を希望する若者が減るじゃないですか。アメリカはどうして兵隊を募集するのかなと思っていたんですが、評論家の森永卓郎さんは「そんなの簡単だよ。大学の奨学金の基準を厳しくして、大学に行ける人を少なくすれば、多くの若者が軍隊に入るんだよ」とおっしゃってました。アメリカは日本以上に格差社会なので、兵役予備軍がいるのですね。
西谷日本もそうなりつつあります。これは今の自衛隊には好都合ですね。働く場所がない、良い条件の職場が少ない。自衛隊なら身分は安定、ボーナス、健康保険完備…。吉岡さんも厳しい労働条件で働いておられますが、「もうこの際、戦争でも起こって、社会が一度ガラガラポンになって、一から出直せるほうが良い」などと考えたことはありますか?
吉岡それはないですね。やはり戦争の悲惨さは分かりますし、平和があるうちに何とかこの世の中が少しでも改善してくれればいいと思います。
雨宮今までは「どうせ俺の将来ホームレス」とあきらめていた若者が、最近では「生きさせろ!デモ」などを始めたり、フリーターの労働組合を作ったり、「死なないための連帯」が始まっています。ここに希望を感じますね。
西谷本日の集会は「吹田9条の会」が主催ですので、最後に、それぞれ「憲法9条をどう考えるか」についてご意見を
雨宮もちろん9条は大事ですが、同時に25条、つまり国民は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利有する」のです。しかし今や若者の生存権が脅かされています。この25条をいかに守らせるか、政府の責任だと思います。と同時に、貧しいがゆえに26条も危ないです。「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」ですね。今や大学の学費が高騰し、進学をあきらめる若者も増えいています。日本の未来を担う若者が勉強したくてもできない国でいいのか、と思います。
吉岡貧困は格差を、そして戦争を生んでしまいます。私は貧困をなくすことと憲法9条を守ることは一体のものだと思います。今の日本が危ないところに突き進んでいると思うので、一揆でも起こして、何とかこの流れを止めたいなと思います。
西谷私は21条、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」が大事だと感じますね。例えば朝日新聞がキヤノンの偽装請負の記事を書いた。すると経団連の会長でキヤノンの社長である御手洗富士夫さんが、朝日新聞へのキヤノン広告をやめてしまった。せこいですね。新聞は購読料と広告料で成り立っている。朝日新聞の記者は、不正は許せないと、キヤノンを告発してくれた。しかし素晴らしい記事を書けば収入は減ってしまう。こんなことをされたら、大企業や財界を批判するメディアがなくなってしまいますよ。戦争前夜は特に表現の自由が侵されてしまいます。大本営発表のようなニュースだけでは、国民は何が正しくて何が間違っているのか、判断できない。9条も大事ですが、その他の条項も本当に大事です。図らずも、3人3様の意見でしたが、共通するのは「憲法は宝物」だということでした。結論が出たところで、本日のパネルトークを終わりたいと思います。
(この対談は2007年11月13日、吹田メイシアターで行われたものです)