「ブッシュよ、ここにテントを張って住んでみろ!」。イラク戦争からちょうど5年が経過した3月20日、私は北イラク、スレイマニア市郊外にあるカラア避難民キャンプを訪問した。ブッシュ大統領に対して怒りを表明したのは、アブドラザードさん(49歳)。彼はバグダッドの西方70キロ、ラマーディーという激戦地から逃げて来た。
2004年7月、2機の米軍機が自宅に向かって飛来する。猛烈な爆撃、実家は徹底的に破壊された。家族・親族13人が殺され、イラク・シリア国境の難民キャンプに逃げ込んだ。それから4年…。
彼の娘アプチサームちゃん(13歳)は米軍の空爆までは、まったく普通の子どもだった。空爆後、異変が生じる。当時9歳だった彼女の身体がだんだん麻痺していく。学校に通えなくなり、ついには歩けなくなった。明らかに脳性まひの症状。車椅子に乗せられた弟も明らかに知的障害児。空爆時、弟は赤ちゃんだった。
父親はアプチサームちゃんのIDカード(身分証明書)を持っていた。「これを見てくれ。娘が5歳のころの写真だ。ノーマルだろ?娘は小学校に通っていたんだぜ。今では立ち上がることも、しゃべることもできない。13人もの家族・親族を殺され、家は破壊され、そして子どもは障害児になった。ブッシュよ、この姿を見てみろ!これでも『イラク戦争は正しかった』のか!」
アメリカは「神経麻痺ガス」を使ったのではないのか?――広がる疑惑。実は同じような症状の若者を隣国シリアの首都、ダマスカスで見たのだ。
08年3月5日、私はダマスカスのイラク難民が集まる街、通称「リトルバグダッド」を訪れた。ファイサル君(25歳)とウィサームさん(22歳)はともに車椅子の生活。イラク戦争開始直後、バグダッド北方の街サマッラで米軍の空爆を受けた。爆弾が炸裂した際に、兄妹は異様な臭いをかいだ。やがて2人は気を失った。およそ5時間後、意識を取り戻した2人。そのときは身体に異常はなかった。
それから2ヶ月、2人の身体がしびれ始める。歩行困難になり、ついには立ち上がることさえできなくなり、思うように舌も回らなくなって行く…。インタビューに、顔をしかめながら必死で答えてくれるファイサル君。日本から持参した車椅子をプレゼントすると、「サ、サンキュー」と顔を引きつらせながらのお礼。両足と顔面の麻痺は、現在も進行中で、このまま放置すれば話すこともできなくなるだろう。
原爆、枯葉剤、劣化ウラン弾、そしてクラスター爆弾…。考えてみればアメリカは「悪魔の兵器」を使い続けている。もし新たな「神経麻痺ガス」を使ったとすれば、これは明らかな戦争犯罪である。日本はこのような残虐な戦争に、いつまで協力を続けるつもりだろう。
イラク戦争は「石油利権をめぐる戦争」と、よく言われる。今回の取材で私はキルクーク油田の潜入に成功した。キルクーク郊外に一本の道が延びている。検問に次ぐ検問を抜けると、「石油警察」のオフィス。イラク軍のほかに、油田とパイプラインだけを専門に警備する「イラク石油警察」があるとは知らなかった。「石油警察」の案内で、一本道をさらに進む。やがて…。
炎が、大地から噴き出している。近づいて写真を撮ろうとすると、風向きが変わり、炎の洗礼を浴びる。「うわー、あっつー!」。通訳のファラドーンが私たちを見て「顔、赤い」と笑っている。
本来ならここは宝の山である。地下に眠る膨大な原油は、地表までせり上がっており、ちょっと掘れば油が噴き出す。つまり掘削コストの安い油田で、油の成分も良質。皮肉なことにこの油田があるからこそ、争いが続いているのだ。
ムハンマドさん(27歳)は「イラク石油警察」の一員として働いていた。米軍とともにパトロール中のこと。米軍の行くところ、しばしば「路肩爆弾」が仕掛けられている。果たしてその日も道端に爆弾が仕掛けられていた。
「あの爆弾を処理せよ」。米兵の命令に従って慎重に処理していく。「路肩爆弾」は携帯電話の電波で爆発させる仕組み。普段と同じ処理作業なら安全なはずだった。しかしその「路肩爆弾」の下には、別の地雷が仕掛けてあったのだ。
ドーンという爆発音と一瞬の閃光。それが人生で最後に見た光だ。両目と仕事を失った彼に、米軍からの補償はない。
「普通に人生を楽しみたかった」。つぶやくムハンマドさんにウォークマンをプレゼントした。今頃彼は「涙そうそう」や「さとうきび畑」を聞いているだろう。歌詞の意味を教えてあげる時間はなかったけれど…。
西谷文和の「戦争あかん」シリーズ、第2弾が出版されました。悲惨な自爆テロの中で、一人の子どもの命が救われるまでを追いかけたルポや、イラク難民の実態などを前半で解説。後半は「アメリカがイラクにこだわる5つの理由」を、図表を使って解き明かしています。石油、ドルの崩壊、OPECの仕組みと原油高騰、軍産複合体、そしてサブプライムローンの破綻とカジノ経済。これらバラバラに見えることが実は「戦争」というキーワードでつながっているのだということが、分かる小冊子です。A4版64ページ、600円。大手書店や「イラクの子どもを救う会」ホームページからも購入できます。