有田八郎さん
橋下知事の公約は
「子どもが笑う」――
教育予算をバッサリ削っては、子どもは笑えない。
有田大阪府に橋下知事が誕生して半年がたちました。その後良くも悪くも話題に事欠かない状況が続いていますが、何といっても話題の中心は「大阪府財政再建プログラム試案(PT案)」「大阪維新プログラム案」ですね。この「維新プログラム案」には府民から6247件もの意見(パブリックコメント)が寄せられています。そのほとんどは「維新プログラム」を見直してほしい、というものです。
確かに財政の厳しいのはわかる、しかし子どもの教育や、お年寄りの医療などをばっさり削ってしまっていいのか?
大阪府民の生活を守るため、もっとギリギリの努力があってもいいのに、少し「荒っぽい改革」のような気がするのです。
生徒が好き、学校が好きだからこそ
20〜30年この仕事を続けてきた職員も
府立高校臨時職員
350人全員首切り
横尾和美さん
学校の授業を縁の下で支えてきた自負。気持ちは「臨時職員」ではありません。
有田大阪府立高校の予算もばっさり削られようとしていますね。
横尾大阪府立摂津高校で臨時職員をしています。私たちのような臨時職員は、各校2〜3人おられまして、大阪府全体で約350人。テストやPTA・学校便りなどの印刷や庶務を担当する教務事務補助員と、家庭科の実習や理科の実験を補助する非常勤補助員、図書室で仕事をする図書担当補助員などです。
私たちは臨時なので何年勤めていても、年収わずか110万円程度。ところが橋下知事は、突然私たちを解雇すると発表されました。
有田350人一斉解雇ですか?
横尾そうです。確かに私たちは臨時職員ですが、20年〜30年この仕事を続けてきた人が多いのです。長く勤めても一時金も退職金もありません。でも私たちは生徒たちが好きで、学校が好きだからこの仕事を続けてきたのです。学校の授業を縁の下で支えてきた自負があるからこそ、わずかな賃金でもがんばってこれた。「財政が厳しいから」と何の相談もなく雇い止め。最初、このニュースを聞いたときは悔しくてたまりませんでした。
有田未来を担う子どもたちへの教育予算は、簡単に削減すべきではないと思います。高校の授業、つまり子どもたちの学ぶ環境に影響するのならなおさらですね。
横尾ある高校では印刷が年間77万枚も。最近は経費節減で、今まで外注していた学校要覧や学校説明資料も印刷しています。私はこの仕事を20年以上やってますから、気持ちは「臨時」ではありません。文化祭、体育祭など摂津高校の行事にも参加してますし、私たちがいなくなると先生方にさらに負担がかかります。
府民要求連絡会が「橋下行革」に抗議の集会とデモ(7月1日)
有田学校現場では、今回の「雇い止め」についてどんな声が?
横尾生徒たちからは「先生、調理実習はなくなってしまうの?」とか、先生方からは「これ、誰が印刷して仕分けるの?」といった声が上がっています。
有田橋下知事は「子どもが笑う」を公約に当選されたのですが、府立高校への予算をばっさり削ってしまえば、子どもは笑えません。
12万点で出発、今では70万点を所蔵
独自の文化、豊かな世界を大人の責任で
大阪国際児童文学館統廃合策す橋下知事
野々上律子さん
大阪国際児童文学館は子どもの本を文化財として次世代に伝える世界に誇る資料館
有田子どもに関することでいえば、万博公園にある大阪国際児童文学館を、知事は突然「廃止する」と発表しましたね。
野々上私は「大阪国際児童文学館を育てる会」の事務局長をしております。大阪国際児童文学館ができたのは、1984年の5月5日。早稲田大学の鳥越信教授が、12万点に及ぶ児童文学のコレクションを寄贈されたことを発端としています。当時、「鳥越教授のコレクションを引き受けたい」と、名乗りを上げたのは滋賀県や大阪府など。大阪府が「集め続け、公開する」ことを条件に誘致し、研究センターがあるということから、万博公園に国際児童文学館を設立することになったのです。
当初は12万点でスタートしたのですが、「南部コレクション」や昔懐かしい紙芝居を4千点も寄贈された塩崎さんなど、どんどん蔵書が増えて、いまでは70万点を超える資料を所蔵するようになりました。
有田子どもの本の所蔵では日本一ですか?
野々上そうです。東京にも2000年に国立の「国際こども図書館」ができましたが、資料の所蔵は大阪の半分にもなりません。世界的に見ても、これほどの規模の資料館はドイツのミュンヘンと、大阪だけ。世界に二つしかない児童文学館を廃止させるわけにはいきません。
有田しかし計画では、廃止して大阪府立図書館に統合するということですね。
野々上最初この計画を聞いたとき、「約束が違う」「何で?」と、驚きと疑問でいっぱいでした。といいますのは、太田知事の時代、2001年にやはり大阪府の行革案が出まして、その中でいわゆる「ハコモノの見直し」がありました。大阪国際児童文学館も廃止・縮小対象だったので、大規模な反対運動が沸き起こり、署名もたくさん集まりました。そして太田知事、竹内教育長に「存続」の要望書を提出。そんな中で、当時の教育長が「(蔵書が)文化財として貴重だ。児童文学の大事な研究機関である」とおっしゃった。私たちは、「世界に誇れる文化を守ることができた」と安堵していたのです。
有田私も先日児童文学館を訪れました。子どもに関する本の種類の多さにビックリしました。日本だけでなく、アンデルセンやグリムなど世界の童話もそろっているし、懐かしかったのは昔の漫画本や雑誌、紙芝居など。タペストリーには来館した子どもたちが「面白かった」「毎日ここに来たい」など感想も書いてあって、こんな大事な文学館を廃止すべきではない、と感じました。
野々上統廃合の対象になってから、来館者が増えています。橋下知事が廃止理由として掲げているのは「来館者の少なさ」。東大阪にある府立図書館は毎年65万人も利用しているのに、大阪国際児童文学館は5万人じゃないか、というものです。
しかし大阪国際児童文学館は図書館ではなく、子どもの本を文化財として次世代に伝える資料館なのです。来館者の多くは、学校図書館や公立図書館の司書や学校の先生、児童文学を広める専門家たちです。つまり来館者5万人の後ろには、何十倍、何百倍という子どもたちがいるのです。実際、全国から大阪に泊り込んで研究に来られる方が絶えません。
有田来館者数という数だけでは現れない大切さがあるのですね。それと、文化というものは効率で図ることができませんね。素晴らしい音楽や絵画、お笑いにしてもお金で買えない貴重なものがあります。知事は何より「予算削減」を最優先されますが、「子ども」や「文化」を切り捨てれば、大阪のよさが失われてしまうのではないかと危惧します。
安易に廃止していいのだろうか?
野々上大阪国際児童文学館には、子どもの本や雑誌だけではなく、人形劇の台本や紙芝居、マンガなど明治時代からの資料が所蔵されています。手塚治虫さんのマンガは初版本からあります。ここを廃止してしまえば、今後出版される素晴らしいマンガや絵本などを保存するところはなくなってしまうでしょう。
正体見たり―弱者いじめの「橋下行革」
「水と緑の健康都市(箕面森町)」「安威川・槇尾川ダム」などの大型開発予算削らず、
一方、教育・福祉・医療をばっさり削る。
職員とイルミネーション
どっちが大事?
有田お二人のお話をお聞きして、改めて大阪府の「維新プログラム」に対して疑問を感じます。確かに大阪府は約5兆円の借金を抱えている。しかし府の財政規模は約1兆4千万。つまり年収の3倍強です。例えば年収500万円の人が家を買うとき1500万円のローンを組むのと同じ。すぐに返そうとするといろんな面で無理が生じます。今回のようにばっさり削ると、一番大事な府民の生活が壊されてしまいます。個人ローンを組んだ時、10年以内で完済するよりも30年ローンの方が返しやすい。大阪府も返済期間を長くもって、府民生活に影響を出さないような「ギリギリの対応」をすべきだったと思います。
横尾私たち全員を解雇すれば、約5億円の予算削減です。一方で橋下知事がこだわっているのが御堂筋のイルミネーション。これには約20億円かかる。交渉で「私たちとイルミネーションとどっちが大事ですか?」と聞きました。
知事は「政治的判断です」と答えられました。腹が立つというか、情けなかった。私たちは何十年という期間、ずっと府に雇われて一生懸命働いてきたのに…。
有田高校でテストを印刷したり、実習の補助をしたり、子どもの教育にかかわる仕事が先生方の負担になるということも問題ですが、横尾さんたち臨時職員の方々の生活をどう考えているのでしょうか?。突然失業し、無収入になるわけですから。
横尾私たちは「大阪府が作り出したワーキングプア」ですね。体よく雇われ、都合が悪くなれば首を切られる。しかし一番の疑問は、「知事という公の立場の方が、大量の首切りをしていいのか」ということです。大阪府のホームページを見ていたら、「労働相談」のコーナーがあって、「企業は一方的に首切り合理化はできません」とあります。まず「話し合いが大事」と。
有田本来、不当な首切り合理化をさせないように、指導するのが知事の仕事なのに、その知事自身が、一方的に解雇・合理化しようとしているわけですね。
横尾本当にあの方、弁護士だったのかなぁ(笑)と思います。
野々上私たちも国際児童文学館を存続してください、と交渉するのですが、知事と論点がかみ合いません。私たちは「文化というものは人間の心を豊かにするものだ」と主張しますが、知事は「入館者が少ない」「そんなところに府民の税金を使うわけにはいかない」と、かたくなに言われています。
有田それは音楽でも同じです。先日、大阪センチュリー交響楽団が存続させてほしい、と10万人を超える署名を持って知事と交渉されたとき、「10万人が千円ずつ支払えば、税金を使わなくても存続します」との回答。署名するくらいなら千円ずつ出せばいい、という発想ですね。
音楽だけではありません。大阪といえばお笑い文化。しかしワッハ上方も廃止の方向です。
私たちの生活に根付いている文化は、確かに目には見えませんが、財産です。それを守るのが大阪府の仕事だと思うのですが…。
横尾確かに大阪府の抱える約5兆円の借金は大変な額ですが、それを返すために、大切な子どもの教育や、大阪府民の文化を削ってゼロにしてしまう、というのは無茶だと思います。何か、今回の改革案は、現場を知らない府庁の役人さんと知事が、机の上で数字を動かして、決めてこられたような気がします。もっと現場の実態を見てほしい。今までも「予算がない」と、各地の府立高校は統廃合されて、大切な母校が無くなってしまった子どもたちもいっぱいいます。その上で、人件費カットと称して、一番弱い立場の私たちから削っていく。削るのなら、府庁幹部職員の天下りや無駄な大規模開発から削ればいいのに。
有田そうなんです。橋下知事は箕面の山を切り開く「水と緑の健康都市(箕面森町)」や「安威川・槇尾川ダム」などの大型開発予算は削りません。一方で、府立高校だけではなく、私学助成を削り、障害者、一人親、高齢者、乳幼児への医療費助成はばっさり削る。大阪府がこれらの医療費助成を削ると、市町村も「右へ倣え」するところがでてくるでしょう。結局、弱者いじめの「橋下改革」ですね。吹田市も財政が厳しいですが、ギリギリのところで踏ん張って、市民生活を守ってほしいですね。
地方自治は「住民参加」がキーワード。力あわせて反撃を
今後の運動の展望は
有田最後に、今後の運動の展望などを。
野々上大阪国際児童文学館を存続させてください、と大阪府議会に要望してきました。文学館の貴重さ、大切さを伝えることで、「やっぱり存続させるべきでは?」「もっと時間をかけて議論しよう」というのが、各会派の議員さんの一致した意見です。引き続き9月、12月府議会に向けて、存続要望を出していきたいと思います。私たちの願いは「吹田の万博公園に、今の形のまま残す」ということです。あきらめません。
横尾私たち臨時職員も、大阪府立高等学校教職員組合と一緒に大阪府教育委員会と交渉を続けていきます。9月には大規模な集会も予定されています。私たちも野々上さんたちと願いは一緒、つまり「計画の白紙撤回」です。
有田これからの地方自治体は「住民参加」がキーワードです。しかし「維新プログラム」に対する6000件を越える府民の「見直し」を求める声は無視されようとしています。橋下知事のやり方は、現場無視のトップダウンといわれても仕方がありませんね。もっともっと府民に知らせていく必要があります。吹田市でも社会福祉協議会やPTA協議会なども、福祉・教育予算の切捨てに対し、疑問の声を上げられています。府民生活を守るために、多くのみなさんと力を合わせて奮闘しましょう。今日はどうもありがとうございました。