まずは千里丘の毎日放送跡地へ。丘を上がると、かつての「千里の湯」は、無残に取り壊され、雑草が生い茂る中、「JR千里丘駅行き」のバス停が残っている。この「千里の湯」はスーパー銭湯の草分け的存在。入浴料1200円と、ちょっと高めだったが、竹垣に囲まれた日本庭園風のお風呂で、利用された方も多かったのでは?
千里の湯を後に、急坂を上りきると、かつての「ミリカプール」が見えてくる。あぁ、なんとこのプール、その使命を終えて土砂で埋め尽くされている。プールの背後にエキスポランドの観覧車が見える。2007年のあの痛ましい事故以来、エキスポランドの観覧車もミリカプールと同様にその役割を終えてしまうのだろうか。
毎日放送跡地からすぐそば、「日生の森」も「かつて森だった場所」に変化している。「日生の森」は、吹田市の残された貴重な「自然の里山」で、なんとキツネが生息していたのだ。
「森を壊さないで」。地元住民の声は届かず、この数年で様変わり。森は無残に切り開かれてしまった。はたしてキツネはどこへいったのだろうか?
「日生の森」を散策するための「緑のネットワークルート」を歩く。写真(5)のように、ネットワークルートはここでストップ。「緑の」道ではなく、「工事の」道になっている。
千里丘地域を後に、千里ニュータウンへ。北千里駅の北側、つまり箕面市側に上っていくとトタン板で囲われた工事現場。(写真(6))ここはもともと阪急電車の鉄道敷地である。阪急千里線は、北千里で終わるのではなく、箕面まで延伸させる計画だった。本来、絶対に家が建たない場所に家が建つ。周辺住民にしてみれば「約束が違う」と言いたいところではないだろうか?
青山台を後に、北千里駅前・大阪府住宅供給公社の「団地跡地」へ。ここは藤白台3丁目になるが、大規模な公社建替え工事が予定されているのだ。住宅供給公社は、ニュータウンの公社団地を次々と高層化し、それによって生まれた余剰地を売却して、赤字返済に充てようとしている。しかしちょっと待ってほしい。公社が赤字になったのは、バブル期に無理な開発をして、巨額の予算をつぎ込んだからだ。長年住み慣れた団地を追われる人々。建替えには賛成の人も反対の人もいる。住民の意見が反映されるまで十分な議論がされたのだろうか?
典型的な例が、桃山台の公団団地ではないだろうか?(「写真(7)」)この団地は賃貸ではなく分譲で、早くに建て替えが決まったのだが、建替え反対の住民と開発業者の間で裁判になったのは有名な話。 千里ニュータウンを後に、岸部地域へ。産業道路沿いに大きな空き地。かつてのフットワーク跡地だ。写真(8)で見るように、ここも更地になって、「原町計画」と称したマンション建設が進む予定だ。原町・岸部地域も開発が進み、急速に緑が少なくなった。この跡地が公園になれば、緑が確保できて市民の憩いの場となるのだろうが、現実はマンションばかりが建設されていく。
産業道路をJR吹田駅側に行くと、左にアサヒビール工場、右手にJR片山官舎が見えてくる。この片山官舎も取り壊しが決定。今は写真(9)のように官舎の入り口にはベニヤ板。この広大な敷地にも開発の波が押し寄せている。
最後は吹田市の南端、東御旅町の産廃施設だ。写真(10)のように、産廃処理中間施設が完成し、営業開始の日が迫っている。住民たちは「トラックいっぱいくるのいやや!」と声を上げているが、吹田市が建設許可を出し、大阪府が営業許可を下ろしてしまった。営業が始まれば、吹田市始まって以来の産廃施設となる。
以上、吹田市の開発状況をざっと見てきたが、今行われているのは「乱開発」というべきもので、本来は吹田市、大阪府がどこかで止める、あるいは修正すべきものであったと感じる。削られていく森や、壊される団地、ひっそりと営業を待つ産廃施設を見ながら、「いったい行政の役割は何だ?」と、今さらながら無念さがこみ上げてきたのだった。