元早稲田大学教授
元大阪府立国際児童文学館 総括専門員
鳥越 信さん
吹田市職員労働組合 執行委員長
有田 八郎さん
有田本日は大変お忙しい中、児童文学者の鳥越信さんにお越しいただきました。鳥越さんは今話題の大阪府立国際児童文学館に約12万点の資料を寄贈され、いわば児童文学館の生みの親ともいえる方です。まず最初に国際児童文学館が千里の万博公園にオープンした経過や当時の思い出などをお聞きしたいのですが。
橋下知事に異議あり!くらし・教育・文化を守れ!―府民集会に1100人(2月12日)
有田大阪府以外にも候補地があったのですね。
鳥越とりわけ熱心だったのが滋賀県でした。当時県知事だった武村正義さん(後に政党「さきがけ」代表)が、わざわざ東京の自宅まで来られて「大津市に文化施設を作りたいので、ぜひ」と。個人的には傾きましたよ、滋賀県に。しかし同時に大阪府教育委員会の幹部職員が「滋賀県では一億の金もたいへんな大金ですよ。その点大阪は一億なんてはした金です。蔵書を大事にしますよ」と。私の周囲の者も「寄らば大樹の陰。大阪の方が将来も安心」と「助言」してくれたので、大阪に決定しました。今にして思えば、「何が大樹や(笑)」という気持ちです。
大阪に決定しましたが、候補地は3ヵ所ありました。堺市の泉北ニュータウンと大阪市内の外大跡地、そして万博公園でした。今、橋下知事は「来館者が少ない。非効率だから廃止する」と言われますが、来館者のことを考えるなら、外大跡地にすべきでした。万博公園はいまでこそモノレールがありますが、当時は陸の孤島で一番辺鄙(へんぴ)な場所。
有田なぜ万博公園になったのですか?
鳥越来館者のことはあまり考えていなかったからです。当時すでに「これからの時代はコンピューター化する」と言われはじめていたので、児童文学館は多少不便なところにあっても、情報を世界に発信していけると確信していました。来館者の利便性よりも、重視したのが「今後も資料を集め続ける」こと。そのためにはスペースが要る。膨大な蔵書・資料が集まりますので、その点万博公園が広さでは一番でした。
次に重視したのは「正確な情報を世界中へ発信すること」なので、そのための専門スタッフを充実させました。国際児童文学館は図書館ではありません。図書館法の適用を受けずに、自由な研究、蔵書の保管が可能でしたから、多くの問い合わせに、正確で緻密な案内を続けることができました。
有田東大阪市にある府立図書館に統合するという橋下知事の案では、いままでやって来られた事業ができませんね。
府立図書館との統合が検討される国際児童文学館
鳥越吹田市長さんが、「存続のために吹田市としても財政援助しても良い」と大阪府に申し出られたそうですが、府は断ったようです。橋下知事は「何が何でも廃止する」という方針のようですね。これでは最初に寄贈したときの約束が違ってきます。信義に反するやり方といわざるを得ない。
有田先日、知事と面談されましたね。新聞にも大きく報道されていました。
鳥越大阪府が児童文学館の職員を隠し撮りしていた問題がありました。黙って隠し撮りするという手法も大問題ですが、知事は「あれだけ議論したのに、職員の働き方が変わっていないじゃないか」と「怒りのコメント」をされました。でもこれは不思議なコメントです。第一に「主語がない」。いったい誰と誰が議論したのか?議論は何回で何時間したのか?普通に考えれば、議論の相手は当事者ですね。でも少なくとも私ども児童文学館を運営している独立行政法人とは一度も議論していません。では職員と議論したのか?職員と「橋下維新改革プロジェクトチーム」とが話し合ったこともない。では50万点に及ぶ蔵書、資料を提供した寄贈者とか?やはり一回も議論していません。最後に大阪府民と?府民も寝耳に水だったわけで、結局、知事は一度も関係者と話し合わずに、廃止を決めておられるのです。
有田それで吹田選出の府会議員さんが「寄贈者に一言のあいさつもなしに廃止するのは失礼ではないか?」という質問があって、知事との面談が設定されたのですね。
橋下知事に府立国際児童文学館の現地存続を求める寄贈者・関係者の人たち=1月21日、府庁内
大阪センチュリー交響楽団―夏の夜、恒例の野外コンサート(服部緑地公園)
ワッハ上方―上方演芸と上方喜劇の歴史と文化を学ぶ常設展示も
鳥越1月21日に知事とお会いしました。最初、面談時間は30分と言われ、「短いな」と感じましたが、実際の面談は約70分間でした。
こちらがひとこと言うと、知事から二言も三言も返ってくるので、長くなったのです(笑)。
面談して分かったことは、(1)廃止の理由を財政難とされているが、実はそうではない。知事はハッキリと「金の問題ではありません」と言いました。だから吹田市からの援助も断ったのだと思います。そして(2)効率が悪い、といっていたのも実は違う。「来館者の多少はどうでも良いこと」と。
有田では何ですか?財政難というのが廃止の理由だと思ってましたが?
鳥越「何が何でも廃止したい」と知事が思っているからです。知事は文化や芸術を目の敵にされているところがあるようです。だからお笑いのワッハ上方も大阪センチュリー交響楽団も廃止。知事の幼少時代に何があったのかはわかりませんが、この問題の原因は知事個人の心の中にあるようです。
有田行政はトップの意思のみでは進みません。明確な根拠もなしに、ただ「潰す」だけでは、地方自治ではなくなりますよ。廃止してほしい、という府民の声があるか、どうしてもやりくりできないという予算などの明確な理由がない限り。
鳥越面談時に、知事がハッキリと「(そんなに反対するなら)蔵書を寄贈者に返します!」とおっしゃった。私としても返していただけるなら返してほしいですよ。でも一方で東大阪の府立図書館への移転費用を、すでに予算計上しておられる。また知事が「返す!」と言っても、教育委員会が本当に返す意思があるのか?そもそも返していただけるのなら移転する必要はないわけですから。
有田そもそも「返す!」と逆ギレする発想自体が問題ですね。もともと大阪府が「寄贈してほしい」と手を挙げたものですし、蔵書や資料のおかげで府民だけでなく、全国の児童文学にかかわる人たちは大いに勉強できたわけですから。文化・芸術というものは、利益を生み出す商売ではないので、行政が手を差し伸べて保護・育成するべきものですが、このような発言が続くと、知事の見識を疑いますし、何といっても子どもへの愛情が感じられませんね。
鳥越知事にはお子さんが7人おられて、「子どもが笑う府政」と公約されていましたけれど(笑)。この年になってよもやこんな難題に直面するとは思いもよりませんでした。余生はゆっくりと過ごそうと考えていたのに(苦笑)
有田最後に児童文学について。鳥越さんは、日本の児童文学の質が低下していると嘆いておられますが?
鳥越創作児童文学のレベルが特に下がっています。海外の翻訳本の方が、面白いですね。若手作家に頑張ってもらいたいのですが、どうも日本人作家の才能がテレビゲームに流れているようですね。ゲームの世界で当たれば、儲かりますからね。
有田マンガはどうです?日本のマンガ文化は国際的にも評価が高いのですが。
鳥越私はマンガはあまり読まないのですが、日本のマンガが質的に発展したのは、手塚治虫さんと白土三平さんに負うところが大きいですね。現代のマンガは、まだお二人を越えていない。どうしても「テレビゲームのような」マンガになってますね。
有田鳥越さんは各地で「子どもの本にかかわる仕事をしているからこそ、平和の大切さを感じる」とおっしゃってますが。
鳥越私は1929年の生まれで、物心ついたころには15年戦争が始まっていました。戦争が終わると、神風が吹くことや天皇が神様であるといったことがすべてウソだと分かりました。あの時自分が大人になったときには、決して子どもにウソはつかないでおこうと思ったのです。それで子どもにかかわる仕事に就こうと思いました。文学が好きになったので、児童文学を。戦争を経験して、「権力者は上手だな」と思いました。戦前、政府はまず「あくどいマンガ」を取り締まった。すると親たちが「よく取り締まってくれた」と手をたたく。次第に検閲が進んでいき、やがて物も言えない社会になった。知事が「中学校での携帯電話禁止」を言い出したでしょ。あれもそう。最初は歓迎され、支持されるところから。トップに対して誰も反対できなくなる社会というのは恐ろしい。今回の府立国際児童文学館廃止提案、結果はどうなるか分かりませんが、私はあくまで現状維持、つまり吹田の万博公園での存続を求めて頑張りますので、応援よろしくお願いします。
有田いま、大阪府は「現地存続」を求める全会一致の府議会決議も無視して国際児童文学館の廃止をすすめようとしています。知事の姿勢は、府民の世論を無視して「自分だけが正しい」と言わんばかりです。私学助成削減、障害者や乳幼児などへの医療費助成の削減、ワッハ上方やセンチュリー交響楽団など、文化行政の削減をすすめようとしています。大型開発をそのままに、府民サービスを切りすてるのではなく、不況で府民生活が大変厳しくなっている時だからこそ、大阪府は「府民生活を第一に」考えるべきだと思います。今後も力をあわせて奮闘しましょう。本日はありがとうございました。