記念講演
二宮 厚美
神戸大学教授・吹田自治都市研究所所長 去る11月15日、第28回吹田まちづくり・くらし・市政を考える研究集会が、関西大学100周年記念会館で開催されました。記念講演にたった二宮厚美神戸大学教授は、政権交代や橋下大阪府政、阪口吹田市政の現状や課題評価点についてわかりやすく語りました。
(文責・編集部)
関西大学で開催された第28回市政を考える研究集会
まず現在の鳩山政権をどう見るか?結論から言ってこれは「利用可能な政権」「活用すべき政権」である。今までの政権は使い物にならなかった(笑)。
例えば生活保護の母子加算は、小泉政権の時に廃止が決定され、今年4月から廃止されたが、住民運動の側が新政権に働きかけて、12月から復活を約束させた。つまりこの内閣をうまく使えば、状況を改善することができる。これをもう一回使えば、次には老齢加算の復活を勝ち取ることができる。
この新政権の影響は、まず橋下府政に現れた。新政権が公立高校の授業料無償化を言い出した。これ自体画期的なことだが、これは早期に実現する可能性が高い。なぜなら来年夏の参議院選挙。ここでも民主党が圧勝するためには、高校授業料を無償化した方が有利に戦えるわけだ。
もし授業料を無償にすると、橋下府政と国政は大きくねじれることになる。なぜなら大阪府の公立高校の授業料は全国一高くて14万5千円。もし国が無償化すれば大阪府民は、その差額分を払わねばならない。つまり大阪だけタダにならない。これでは大阪府民が橋下知事に文句を言うのは必至である。そこで知事はあわてて、私学助成を含めて高校生への授業料無償化、負担軽減を言い出した。
昨年、知事は「大阪府は義務教育以上のことはやりません」と、私学助成をカットしようとした。「このままだと高校に通えなくなる」と訴える高校生に、「文句を言う生徒は日本から出て行けばいい」と、暴言を吐いた。当時、なぜマスコミはこの橋下発言を袋だたきにしないか、と感じたものだったが、今になって知事は方針転換をした。
全国的な無償化の流れから大阪府だけが取り残されたら恥ずかしい。それで私学助成を若干増額して、今までの態度を変えた。我々が新政権を使って要求実現をするならば、その力がプレッシャーになって、大阪府も変わってきたと言うことだ。
しかし橋下知事がこの問題では態度を変えたとはいえ、橋下府政は利用可能な府政かというとそうではない。相変わらず「打倒すべき府政」(笑)である。
次に、では政権交代はなぜ起こりえたのか、について考察したい。
これは自民党が小泉構造改革で墓穴を掘ったということに尽きる。
第一に、これまでの自民党の伝統的な支持基盤が、小泉構造改革によって破壊されたこと。今まで労働者の多くは「企業ぐるみ選挙」で、自民党へ投票させられてきた。これは労働者の暮らしが企業に依存していたから。例えば社宅に入って貯蓄し、頭金を作って企業から優遇税制でお金を借り、マイホームを購入。無事定年まで勤めたら企業年金が支払われる。つまり私たちが「憲法を暮らしに生かそう」と訴えても、その訴えは大企業労働者の心にはあまり響かなかった。憲法より企業の方が頼りがいがあったからだ。ヨーロッパの労働者は労組に依拠し、国全体を福祉国家に作りかえたが、日本の労働者は企業を安定させて、生活を守る方向に進んだ。
小泉改革は、この企業安定構造をぶっ壊した。いわゆる正社員切り、年金破壊。20代の青年にいたっては、半分が非正規雇用の労働者となった。全国の企業城下町が音を立てて崩れていき、保守層の、つまり自民党の支持基盤がつぶれていった。
第二に、農村部の変化。いわゆる族議員が地元に公共事業や補助金を引っ張ってきて、これをえさに票をさらっていった。代表的なのは道路族、郵政族、農政族など。彼ら族議員たちは補助金をばらまいて縦型の集票マシーンを作っていた。例えば郵政族は特定郵便局長らで作る「大樹の会」を持っていた。この会は家族含め25万人ともいわれ、全国レベルで何十万何百万という票を動かす力があった。しかし「郵政民営化」で支持基盤が崩壊。先の総選挙では国民新党の亀井氏らに流れた。農政族は農協を通じて集票していたが、農産物の自由化や農業切り捨て政策で一挙に自民党離れが進んだ。公共事業の廃止で建設業界も道路族から離反していった。
こうして都会でも農村でも自民党の基盤が崩れていったのだが、これだけでは収まらなかった。日本は小泉構造改革によって格差が相当に広がった。貧困層が増えたが、新富裕層も増えた。ここに参加されたみなさんは下層に属すると思うが(笑)、上層も増えたのだ。そしてこの上層部分がいかに世の中を狂わせているのか、について調べてみた。
派遣労働者から寮費や食費をむしり取る「貧困ビジネス」が有名になったが、実は「新富裕層ビジネス」も、存在する。では新富裕層とはどんな人々か?年収5千万円以上、金融資産1億円以上の人々を指すのだそうだ。この新富裕層は日本にどれくらいいるか?約141万人いるそうである。新富裕層を相手に、東京駅近くにオープンしたホテルシャングリラ。最も贅沢な部屋は一泊いくらか?何と100万円。それも素泊まりで(笑い)。このホテル、見るだけならタダなので、みなさんも東京に行ったら見に行けばいい(笑)。
ホテルだけではない、新富裕層に向けた1杯1万円のコーヒーを出す豪華喫茶店が存在する。つまり日本には1杯1万円のコーヒーを飲んでも惜しくないという層がいるのだ。
例えばワーキングプアを使いながら一財産を築いたグッドウィルの折口雅博氏は、六本木ヒルズのマンションに住んでいたが、このマンションの家賃は月額400万円。このようなリッチな生活をする折口氏の下で、派遣労働者が貧困生活を余儀なくさせられていた。このような格差社会に対して、さすがに国民は怒った。つまり弱肉強食型、競争万能型の小泉構造改革が、これだけの格差を広げたことに対する反発があった。
ここに民主党が従来の政策を変えて登場した。小沢代表時代の06年、国民受けするために、上半身を変えた。醜い下半身はそのままだが(笑)。具体的には日雇い派遣を原則禁止、最低賃金を800円に引き上げ、後期高齢者医療の廃止などを掲げて、07年の参議院選挙に臨み、勝利した。引き続く総選挙でも、子ども手当や農家への個別補償など、さらに上半身を選挙用の姿に切り替えて勝利し、政権交代に持ち込んだ。
私たちはこの政権の上半身をうまく使って、橋下府政や阪口市政に迫っていかねばならない。
ただし民主党の下半身はそのままだ。前原国交相、岡田外相は小泉構造改革を競い合っていたし、鳩山首相は改憲論者だ。この上半身と下半身のねじれが問題を生じさせる。すでに沖縄の普天間基地問題で暗礁に乗り上げているし、後期高齢者医療制度もすぐには廃止できず、選挙公約を裏切る結果になりつつある。
つまり新政権の中でねじれが生じた場合、私たち市民運動の側は3つの側面からサポートしなければならない。まずは躊躇する政権を後ろから押し出して前へ進める。前へ進むとこの政権はすぐにフラフラするから(笑)、横について伴走し、脇道へそれそうになったら、「そっちではないぞ」と正しい道に戻さねばならない。さらには将来ビジョンがないので、素早く前へ回って、進むべき方向を指し示さねばならない。
大阪湾岸の再開発は財界の意向?
府庁はこのWTCに移転されるのか
WTCへ移転?大阪府庁
迷走する府民不在の(?)橋下府政
そんな新政権を利用して市民生活を向上させるためには、やはり地元自治体も変えなければならない。橋下知事は大阪全体を衰退させる知事である。
象徴は大阪府庁の移転問題。なぜ彼はあそこまでWTCへの移転にこだわるのか?
それは彼だけの意見ではない、関西財界の意向なのだ。大阪湾岸の再開発に、シャープやパナソニックなど関西家電連合は命運をかけている。省エネブーム、地球温暖化の動きに便乗し、エコビジネスとして世界に出て行こう、関空と結びつけて羽ばたこうとしている。これがもし成功しても、後背地の大阪経済は空洞化し、地域経済は疲弊する。なぜか?
大阪湾岸の家電連合が儲かっても、彼ら財界の目は大阪府民には向かず、中国やインドに向いている。大阪の地域産業は空洞化し、近畿圏の経済は衰退してしまうだろう。湾岸から世界を狙っている財界を、行政が押し上げても、府民生活は向上するどころか衰退するだけなのだ。
各地の人々との雑談で、何であんなでたらめな知事を選んだのか、とよく尋ねられる。これは一つには大阪のマスメディアの責任が大きい。大阪のメディアは全国でも異常である。兵庫県には神戸新聞、京都には京都新聞、つまりローカル紙がある。ローカル紙はある意味健全なマスコミ文化を創り上げている。
全国でローカル紙のない都道府県はどこか?実は大阪と和歌山県だけである。
つまり大阪のニュースを報じるのは全国紙である朝日や読売の大阪版だけ。しかしこれがまたつまらない。
では大阪のマスコミは誰が握っているのか?
それは吉本興業である。ワイドショーやバラエティー番組は吉本に席巻されて実にくだらない番組を作っている。吉本が支配するメディアの中で橋下知事が作られたと言っても過言ではない。
最後に吹田市政について。
市長の市政運営の特徴は、阪口氏個人の人脈による政治、つまり人事を縁故で動かしていること。
次に市民参加といいながら、アウトソーシング、つまり外部委託し、協働という概念を使って、だんだん行政の役割を曖昧にしながら、官民ワークシェアリングという言い方で、自治体の責任を曖昧にし、それをガバナンスという言葉で飾っている。
そして開発の問題。操車場跡地は民間ではなくJRという準公共機関、また万博や住宅供給公社の立て替えなど、吹田の再開発の特徴は、民間ではなく公共機関が土地を持っているということだ。
つまり公共機関を活用した開発がまだできうる環境にある。その特徴をそれぞれの地域がどのように生かして対応できるか、が問われている。
最後に財政問題。確かに税収が落ち込み、かつてと比べて財政が厳しいのは事実だ。しかし今すぐに崩壊するような危機的状況にはいたっていない。
阪口市政は人件費を減らす、民間委託を進める、という方法で、硬直化した財政を自分なりに使いたいという意向のようだ。
そのような私物化した市政運営ではダメで、もっと福祉や環境に優しい市政運営に改めさせるべきだ。肝心なのは台所事情が苦しいからと下手に浮き足立たないこと。必要な福祉や公共サービスを守りながら、硬直した財政を建てなおしていくことが必要。いずれにしてもこのままの市政運営では行き詰まるので、市政を変えていかねばならないだろう。