丹羽野 今年9月に吹田市職員労働組合の委員長に就任しました。私にとって記念すべき第一号の対談相手は、神戸大学教授で吹田自治都市研究所所長の二宮厚美さんです。まずお聞きしたいのは、先の参議院選挙の結果をどう考えるか?です。民主党が大きく議席を減らす中で、自民党の議席は増えたものの、得票数は伸びていない。躍進したのはみんなの党でした。この傾向というのは…。
二宮 参議院選挙の結果は、一言でいえば「国民の受動的・消極的選択」であった、ということです。昨夏の衆議院選挙は逆に「積極的選択」、つまり今までの自公政治を続けるのか、政権交代するのかという具体的なアクションがありました。しかし今回の参議院選挙の主要な争点は、「消費税を増税するか否か」でした。この点について、国民は「NO!」と判断した。つまり国民は受動的な拒否反応を示したということです。
国や自治体の財政を増収させるための 選択肢は2つ— |
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1. | 消費税率を引き上げるか |
2. | 大企業や、大資産家から税金を徴収するか |
丹羽野 逆にお聞きしたいのですが、国民が「積極的な選択」をするためには、何がかけていたのでしょうか?
二宮 これからますます少子高齢化が進むわけですから、社会保障を充実させるとともに、今の不況を克服して景気を浮揚させるためには、財源が足りません。従って何らかの増税が必要なのは明らかなわけです。国や自治体の財政を増収させるためには、1.消費税率を引き上げるか、2.大企業、大資産家から税金を徴収するか、この2つに1つだったのです。こんな風に問題設定をすると、国民は「積極的選択」を行い、「富裕層から税金を徴収せよ」と判断したでしょう。増収させるためには消費税しかない、という選択肢では、嫌だ!としかならない。
とりわけ不況期には過剰な資金が上層部、つまり富裕層にだけは貯まっているのです。一部の大金持ちに貯まったお金を、税という形で吸い上げて、国民生活へ回す、という選択肢が必要だったのです。
丹羽野 不況の時期に上層、つまり富裕層に過剰な資金が貯まるというのはどういうことでしょうか?
二宮 通常であれば、企業は稼いだお金を投資へ回し、さらに生産を続けますが、不況期は作っても売れないので、その資金が「遊休資金」になる。とりわけ一昨年のリーマンショック後、輸出が落ち込み、国内消費も落ち込んでいます。その分、大企業は人件費をカットし、収益を上げようとする。すると国民の購買力はさらに落ち込み、地域経済は冷え込む。国内では売れないので、企業はますます海外、つまり外需指向になる。堺市にシャープのパネル工場がありますが、今後はそのパネル生産も中国に移転しようとしているのが典型例ですね。つまり経済成長で収益が上がっても、企業は海外に投資するので、労働者や地域経済に回ってこない。そして過剰資金の一部が、内部留保と株式投資、銀行への貯蓄という形で貯まってしまい、生活に苦しむ国民の側には回ってこないのです。
丹羽野 そんな「過剰資金」に課税すれば、国家財政は回復するのに、それを全くしないで、菅首相は「消費税を上げないとギリシャのようになる」と、国民を脅かしていましたね。
二宮 日本とギリシャは全く違います。ギリシャの国債は80%が外国からの資金でまかなっていますが、今年の日本の国債発行44兆円強は全て国内で消化されます。「過剰資金」が投資に向かわず、国債を買っているのです。菅首相の主張は、偽りの危機をあおり、消費税増税の口実として使われただけでした。
丹羽野 小泉政権の時代に、富裕層や大企業へ減税をする一方で、労働者派遣法の改悪で非正規労働者が増えました。後期高齢者医療や障害者「自立」支援法など、弱いものいじめの悪法も次々と通過したので、貧困と格差が広がってしまいました。だから今度は「大企業、大金持ちにそれ相当の負担を」という主張は、広く国民に受け入れられたと思います。なぜ、こうした主張が広がらなかったのでしょうか?
二宮 まず第一にマスコミが「消費税増税しかない」という偏ったキャンペーンを張りました。大企業寄りと言われている読売、産經新聞はもちろん、朝日、毎日までが消費税を上げろという大合唱。いつの間にか国民の間に「増税=消費税率アップしかない」という図式が定着してしまいました。
いくら私たちが、「日本には新富裕層が現れて、東京には一泊100万円もするホテルが出現している。一泊100万円で泊まるところを、10万円のホテルで『我慢』してもらって、90万円を貧困層に回せば、この財源不足は解決する」と言っても、国民の間に広がっていかなかったのです。
つまり第2の要因は、国民自身に問題があった。もっとしっかりと世の中の仕組みを見極めて、マスコミや財界を代弁する政党のキャンペーンにだまされない有権者が増えないと、この国はダメになっていきます。
丹羽野 マスコミはみんなの党を持ち上げていたというイメージがあります。しかしみんなの党が主張していたのは「公務員を減らせ」の一点張りでしたね。
二宮 選挙中、みんなの党の街頭演説を2回聞きましたが、10分間の演説のおよそ90%が「公務員を減らせ」という訴えでした。公務員を削減すれば財政は立て直せる、と。でもこれは明らかなデマ宣伝です。なぜかというと日本の国家公務員は約30万人いて、人件費は5兆円ちょっと。公務員をゼロにしても5兆円しか浮かない。一方、今年の国家財政の赤字は44兆円もあるのです。公務員を削減するということは、住民福祉やサービスに携わる人員を削減するということです。また人件費は「義務的経費」と呼ばれる部分で、そんなに削れるものではありません。一方で軍事費が5兆円、無駄な公共事業もあります。大企業や富裕層から税金をしっかりと徴収しながら、軍事費などの無駄を削減することで、今後の展望が見えてくるのですが…。
丹羽野 軍事費の問題が出てきましたが、消費税と並んで大きな争点になると思われていたのが、普天間基地問題です。本当に沖縄の米軍基地は必要なのか?「最低でも県外」と言っていたのに、結局は辺野古に回帰しました。沖縄では大きな問題となっていましたが、本土では今ひとつこの問題が語られませんでした。
二宮 ここでもマスコミの偏った報道が問題です。特に朝日新聞がひどかった。朝日は主筆が交代してから、徹底的な日米軍事同盟擁護路線に転換しました。「鳩山前首相がアメリカの信頼をぶちこわした」とか、「抑止力は必要」だとか。さんざん鳩山政権を揺さぶって、結果として「辺野古に移転」という日米合意が出てきたとたんに、この問題を取り上げなくなった。つまり参議院選挙の争点から外したのです。事業仕分けするのなら、沖縄の米軍基地への「思いやり予算」こそ無駄の典型例ですよ。
丹羽野 消費税、普天間基地の次に争点とされたのが、地域主権でしたね。特にマスコミが持ち上げたのが橋下大阪府知事。かつては関西州を構想していたようですが、最近は大阪都を作ると言い出しています。
二宮 橋下知事の言う「大阪都」や「関西州」は、地方分権でもなんでもありません。関西財界が喜ぶように、つまり大企業のアジア輸出を支援するために大阪湾岸を開発し、一方で知事が余分とみなすもの、つまり福祉や医療、教育といった府民生活に直結するものは、大阪府はいっさい手を引いて、市町村に任せますよ、という構想です。府と市を合併させて、大阪都にして市営地下鉄を民間に売却し、そのお金でベイエリア開発を行うというようなことを考えているようですね。府庁を湾岸のWTCに移転したり、伊丹空港を廃止して関空に一本化するなど、知事の目線は常に大阪湾岸に向いています。
丹羽野 マスコミに出ずっぱりの橋下知事は、高い人気に支えられているといわれています。しかし財政再建プログラムでは、府民生活に関わる予算をバッサリと削ろうとする一方、大型開発は続けるようです。橋下知事の本質は財界重視、府民軽視であると思います。
二宮 大阪府の財政危機の要因は、関空とりんくうタウンなどの湾岸開発なのです。ここを根本的に見直さないと赤字体質から脱却できないでしょう。湾岸開発は、今後、「やればやるほど借金がかさむ」ものです。一方民主党政権下の中教審では「これから35人学級をめざす」という方針が出ました。今までの40人学級を、より少人数できめ細かな教育ができるのですから、35人学級は歓迎すべきですが、そのためには教職員を増やさねばならない。
湾岸開発などを続けていたら、そのお金も出ないでしょう。悲惨な児童虐待事件がたびたび起こりますが、虐待を未然に防ぐためには地域でしっかりとした子育て政策が必要です。あるいは100歳以上の高齢者の不明、不在問題でも地域の中の福祉の課題が浮き彫りになっています。
こんな時こそ「国から予算をとって大阪府の行政に使うべき」です。しかし全国知事会で「地方消費税を上げて、都道府県の財源を確保してほしい」と知事が要望する中、橋下知事だけが「そんなものいらない。財源は自分たちで確保する」と啖呵を切る。
知事は大阪府独自で増税するつもりなのでしょうか?
丹羽野 そんな実態を多くの府民に知ってもらいたいのですが、なかなか広がりません。大阪府と歩調を合わせるように吹田市も「ゼロクリア大作戦」と称して、市民生活に関わる予算を全て見直そうとしています。福祉や教育、医療などの府民、市民サービスを守りながら、財政を再建させる別の方法を地道に提示していくことが必要だと考えています。
二宮 マスコミの影響、つまりテレビに出ているということで、支持が増えて国会議員や知事が誕生する、という構図を変えていかねばなりませんね。
橋下知事は、いわば「虚構の人気」に支えられているのです。その「虚構の人気」に対抗できるのは「リアルな現実」です。
例えば後期高齢者医療制度。これは明確なお年寄りいじめの制度ですから、廃止させねばならない。では廃止に向けて、大阪府は、吹田市は何をするつもりなのか?府民、市民の切実な要求を、府庁や市役所にぶつけて、税金の使い方を住民本意に変えさせていく。例えば吹田市の保育園を通じて、この時代の子育てのあり方を考えていく。そんなリアルな市民とのふれあいの中から、住民が主人公になれる大阪府や吹田市の本来の姿を求めていく。そうした現実の中から、展望を見いだしていくしかないでしょう。
丹羽野 私たちは「住民の繁栄なくして自治体労働者の幸せはない」をスローガンに、これまでも市民運動をサポートしてきました。財政危機が叫ばれる中ですが、「リアルな現実」からスタートして「福祉の吹田」「子育てするなら吹田」という先人たちが作り上げた吹田市の住みやすさを守っていきたいと思っています。今日はどうもありがとうございました。