大阪で政治に関する話題といえば、大阪市の財政破たん問題か、大阪府や大阪市の公務員のモラル崩壊が通り相場だった。もちろん、これらの問題が片付いているわけではない。最近では大阪市環境局の河川事務所職員が、河で拾った現金を着服する問題が起こったばかり。大阪市職員の襟はまだまだ正されていない。だが、このような不祥事を凌駕する話題がいま、大阪の街を練り歩いている。橋下徹府知事が唱える「大阪都構想」である。おかげで普段は政治をあまり語らない人までが、ちまたで「大阪都に賛成」「いや反対だ」と熱い議論を続けている。
しかし、大阪都構想の本質を理解している人は、橋下知事の支持者でもそう多くないのではないか。いや、肝心の橋下知事と橋下代表が率いる地域政党「大阪維新の会」ですら、あまり多くを語ろうとはしない。府民に向けて語っていることは、せいぜい「大阪を元気にする」「大阪市役所をぶっ壊す」「特別区の区長を選挙で選び、区議会を置く」「大阪都になれば都民の所得がアップする」くらいなもの。府知事も「『有権者はそこまで(具体的な内容を)知りたいという感覚ではないと思う」(10月18日付け朝日新聞)と語っていることから、これ以上の説明をするつもりもないようだ。
だが、橋下府知事が熱弁を奮うほど、大阪都は大阪を改革する起爆剤になるのだろうか。大阪都ができれば都民の生活は良くなるのか。いや、どうも違うのではないか。よくよく中身を吟味してみれば、その構想、穴だらけなのが誰でも分かってくるはずである。
まず、府知事らは大阪都を作る背景として、大阪経済の衰退を上げている。「いまの大阪には元気がない。その原因は、大阪府と大阪市という予算も権限もほぼ同じ、まるで双子のような大きな自治体が2つも存在するからだ。合併して1つにすればムダな税金を使わなくて済む。パワーも1つに集中できる。そうすれば大阪の経済も発展する」という趣旨なのである。
確かに近年、大阪に本社を置くいくつかの大企業が東京に本社機能を移していることは事実である。大阪ではここ数年、賃貸ビルの空室率がアップしつつあることも確かだ。中小零細企業の倒産も多い。だが、その原因を府と市の二重行政に求めるのは、いささか乱暴な議論だろう。大阪経済が凋落したのは本質的にはバブル崩壊である。他府県より不動産への投融資が盛んだった大阪が、バブル経済崩壊の直撃を受けたからだ。直近では、リーマン・ショックによる余波が響いているからである。不況を二重行政の原因にするのなら、同じく「都道府県と政令市」の関係にある「神奈川県と横浜市」、「愛知県と名古屋市」なども不況に見舞われていないと理屈に合わないが、決してそのようなことはない。
「大阪には元気がない」という橋下府知事らの大前提も検証してみよう。じつは、必ずしもそうとは言えないのだ。ここ数年、太陽電池や液晶パネルなどの工場設備が大阪湾岸を中心に建設ラッシュが続いているのである。一例を挙げるなら、貝塚市の三洋電機リチウムイオン電池工場(2009年稼働、投資額340億円)、堺市堺区のシャープ太陽電池工場(2010年稼働、設備投資720億円)などで、他にも大日本印刷(堺市堺区)など、いくつかの企業が大阪湾岸へ工場進出を進めている。これらは2002年7月に工場等制限廃止法という法律が制定され、工場進出のハードルが下げられたことがおもな理由である。巨額の設備投資が行われたことで、工場を抱える地域は財政的な恩恵を受けている。大阪都など作らなくても大阪経済の発展は、法改正などで十分に可能なのだ。
大阪都ができれば、ムダな税金を使わなくて済むという主張にも反論しておきたい。たとえば、大阪府と大阪市が合併して1つになるから議員の数は減る。これだけでも税金の節約になるという主張はどうか。確かに大阪都の議員定数は、現在の府と市の議員総数を足した数よりは削減されるだろうから、議会に必要な経費(議会費)は大きく減るだろう。これは間違いない。
ところが橋下府知事らは、旧大阪市を8区に、旧堺市を3区に統合し、計11の特別区を置くと言っている。彼らの主張によれば、1特別区の人口は、新宿区とほぼ同じの約30万人。新宿区を基準に考えるなら、最低でも1特別区には30人ほどの区議会議員が必要になる。11区では計330人の区議会議員が必要になるのだ。これでは都議会の議員定数を減らしても焼け石に水ではないか。
その矛盾を突かれた府知事、打ち出した対抗策が「ボランティア議員」。ボランティアなら金はかからんという皮算用なのだろうが、そんなにうまくいくものか。ボランティアといってもクジ引きで選ぶわけではない。公選制なのだ。選挙費用だってバカにならない。それでも議員をやりたいという人物は、ヒマとカネを持て余した老人か、議員センセイという肩書きがほしい金持ちくらいなものだろう。自分が住む街を改革したいという意欲に溢れるが、カネも時間もないという人には不向きなことになる。果たして、これが公平な民主主義なのかは疑問が残る。
以上はほんの一例にすぎない。細部を詰めれば、いくらでもボロが出てくるのが大阪都構想なのだ。これでは橋下知事が説明しようにも説明できないのは当然だろう。
「大阪市をぶっ壊す」と言う前に、大阪都構想のプランそのものが、既にぶっ壊れているのである。