911事件から10年が過ぎた。アフガン、イラクで進められたアメリカの「テロとの戦い」。大統領が代わってもその「泥沼の戦闘」は継続され、犠牲者を増やし続けている。今年5月2日、その「テロとの戦い」を象徴する人物、オサマ・ビンラディンがパキスタンで殺害された。しかしこの殺害事件は謎だらけである。まず㈰なぜ無抵抗なビンラディンを射殺したのか?㈪イスラムでは土葬が基本。なぜ遺体をインド洋まで運び「水葬」、つまり海に投げ捨てたのか?㈫殺害現場はパキスタン軍事施設のすぐそば。パキスタン政府はビンラディンの潜伏を本当に知らなかったのか?などなど、真相に迫りたい謎が一杯。お盆休みにちょっと時間の余裕ができたので、パキスタンを訪問した。
パキスタンはおおざっぱにいえば「北へいくほど高地になる」国で、最北部、中国との国境付近に、世界第2位8611mのK2がそびえる。その昔、インド亜大陸がユーラシア大陸とぶつかって、ヒマラヤができた。ノーザンエリアでは氷河を見ながらトレッキングが人気で、逆に最南端の貿易港カラチの夏は灼熱地獄だ。
首都イスラマバードは平野部にあって、気温は大阪よりちょっと高め。夏の昼間、特にラマダンの時期だったので、通行人は少なく、日陰で休息している人多数。そんなイスラマバードから車で北へ約2時間、遥か彼方にカラコルムの山々がそびえる「高級住宅街」がアボタバード。オサマ・ビンラディンが殺害された街である。高原に吹く風は涼しく、避暑客を受け入れるホテルなどが並ぶ。イメージとしては有馬温泉街。長々と続く峠道を登りきったところに、パッと街が開けている。
アボタバードの入り口に検問所があって、右に巨大なパキスタン軍の基地。左には銃やロケット弾などを作る軍需工場。
軍事ゾーンに入る。赤い看板で「これよりカクート基地」。巨大な基地を横目に見ながら、何カ所かの検問をすり抜ける。道路には「パキスタンを愛せ」「パキスタン人としての誇りを持て」などの標識。
「アボタバードは軍隊の町。軍が知らないなんて考えられない。ISI(パキスタン軍統合情報局)は当然知っていて、匿っていたと思う。ISIはこの町のすべてを掌握しているはずだ」。通訳アユーブと私の意見は一致する。
いよいよビンラディン殺害現場の近くまで来た。のどかな風景。農民たちが畑仕事をしている。子どもたちは井戸まで水をくみにいく。電気は通っているが水道はない。地元住民に尋ねながら、現場に迫る。
問題の検問所へ。数人の兵士がたむろしている。おそらくビンラディン殺害現場はこの検問所の向こう側。細い道にロープが張られ、誰も通れないようにしている。少し離れた場所に車を止めて、私は車に隠れアユーブが兵士のところへ。10分が過ぎ、20分が過ぎた。
兵士に連れられ、アユーブが車までやって来た。「ニシ、ばれちゃったよ」。
アユーブの持っている免許証などが調べられて、地元民でなくイスラマバードから来たことがばれてしまったのだ。
検問所から50m程のところに掘建て小屋があって、ここが「取り調べ室」だった。30分程して、私服のおじさん2人が小屋にやって来た。
彼らが諜報機関ISIのメンバーだった。
「ここがどこか知っているな?」「ビンラディンが殺害された場所です」「この場所は、どのジャーナリストも立ち入り禁止だ。知っているな?」。
絶望的な気分だった。私のパソコンには、アフガンでの自爆テロの様子や、米軍とアフガン軍の共同演習の写真、避難民キャンプやタリバン元外務大臣とのインタビュー動画も入っている。泣く子も黙るISIが、これらの写真をどう判断するか…。
「これはどこだ?」「カブールです」「これは?」「カンダハール」。
尋問されること約3時間、ようやく解放。しかし次に待っていたのが警察官たち。パトカーに乗せられ、アボタバードの刑務所へ。「入っては行けない地域に無断で侵入した罪」で取り調べがある。
刑務所に入るなり、暗ーい気持ちに襲われた。3畳程の房に囚人たちが数人、鎖につながれて座っている。「あー俺も独房入りか…」。取り調べが延々と続く。それもどうでもいいような質問ばかり。5時間程尋問され、調書を取られ、何とか解放された。
8月に入って、捕まった外国人ジャーナリストは私で8人目なのだそうだ。すべて「ビンラディン殺害現場の今」を撮影しようとしてパキスタン軍の仕掛けた網にかかっている。「見せない、地元民と会話させない、撮影した写真は没収」なのだった。
「テロとの戦い」は、ビンラディンが殺害されても終息しない。むしろイラクやアフガンなどで自爆テロが増えつつある。そしてその自爆テロリストの供給地が、パキスタンになっている。パキスタン国内で高まる反米感情、1日1ドル以下で生活する貧困層の増大、若者たちが学ぶマドラサ(イスラム神学校)で、流布されるジハード思想…。しかしそんな「パキスタンの実態」を取材しようとしたら、拘束されてしまうのだ。
考えてみれば、アルカイダやタリバンを「謎の存在」にしておく方が、米国にもパキスタンにも都合が良いのかもしれない。「見えない恐怖」を国民に植え付けることで、戦争を続けることができるのだから。
アルカイダやタリバンを「謎の存在」に
「見えない恐怖」で戦争を続けることができる